濃い影
日差しがみるみる強くなります。じりじりと肌を焼かれるかのような暑さにも、日の光と影の明暗の強さに
も、何やらくらくらしているよう。芽吹きの春に柔らかな瑞々しさを堪えてきた草木も、濃く鮮やかな緑を、
いっそ荒々しいまでに生命を主張します。
嗚呼、あたりはこんなにも生命に満ちているのに、暑くなっていく中、貴方が咳き込むことが多くなりまし
た。案ずる私にあなたは「何でもないよ」と答えます。
「風邪でも引いたかなぁ」
と、笑いながら。
けれどもそれは、本当に風邪ですか?どうしてここまで咳が長引くのですか?段々と食が細くなっては
いませんか?やつれていっては、いませんか?
思えども私には何もできずに、・・・いいえ、違います。怖かった。あなたの身に起こっていることが怖くて
怖くて、何でもない、と言うあなたの言葉に不安を抱いてしまったのです。見て見ぬふりをしてしまったの
です。嗚呼、私は本当に、愚かでございました。そうすればきっと何でもないことに出来ると、思い込んで
いたのです。せめて早いうちに、お医者様を連れて来れば・・・・・・。
青葉が照らす暑い暑い夏の午後。私は倒れ伏したあなたを見つけました。
走って走って、お医者様を呼びに行きます。小さな小さなこの村にはお医者様はいないのです。お医者
様を呼ぶには、山無効まで行かねばなりません。息が切れ、足が擦り切れても私は走り続けました。こん
な痛みが一生なんだというのでしょうか。こうして走っている間にも、あなたが、あなたの命が、途切れて
しまうかもしれないのに。
心が焼き切れてしまいそうな焦燥の中でやっとのことお医者様にきてもらい、あなたの具合を見てもらい
ました。
お医者様は言いました。あなたの病は治ると。適切なお薬を飲めば淡々と良くなるのだと。
・・・けれどもそのお薬は、とても、とても、高額でした。お医者様を及びしただけで、私たち夫婦のわずか
な震えは尽きてしまいます。お薬を買うだけのお金など、徹底用意することは叶いません。
お薬を頂くことはできませんかと、頼んでもそれは無駄となりました。お薬の代金は一生働いてでも
返しますと言ったところで、どうにもなりませんでした。お医者様にはわかっていたのです。
例え私たちのような貧しい夫婦が一生身を粉にして働いたところで、用意できるはずのない額だったの
です。
お医者様は帰って行きました。あなたの命は持って冬まで・・・と言い残して。
それから少しして、咳き込む声と共にあなたが目を覚ましました。苦しげな咳の合間に、それでも変わら
ぬ優しい声で、
「心配かけたね。大丈夫、すぐに良くなるから」
というあなたに
「ええ、きっと良くなります」
と、私は答えました。
次の日私は、糸を買いに街に出ました。
カラカラカラ・・・カラカラカラ・・・
どこか物寂しい音を響かせながら、規則正しく機を動かします。伏せるあなたの隣の部屋で、私は
ひたすらに機を織ります。
私は知っておりました。私のようなものの羽を織り込んだ反物は、とても人の心を打つのです。遥けき昔
から、それのために人に捉えられた私の同胞が、どれほどいたことでしょう。だから羽一枚、抜き
取っては、織る布の合間合間に織り入れます。ひとおり、ふたおりと、布を織っては、また一枚、二枚と
羽を抜きます。
羽一枚抜き取るたび、私の体には痛みが走ります。あなたの傍らにいるための姿を保つ力も、この羽に
授かったもの。一枚、羽を抜き取るたびに、少しずつ、その力が失われていくのがわかります。
けれどもあなたを失ってしまっては、この姿には何も意味もないのです。
儚き紅葉の葉のように、あなたの命を散らせはしません。
決して。