不登校だったときは、不登校である自分に負い目を感じていた。
でも今はそうでもない。
むしろ、ちょっと貴重な経験ができたかもねと思っている。
ただ、しなくてもいい経験かもしれないけど。
学校に行かなくなって、時間ができて、余裕ができて...
自分に向き合う時間ができたのかなと思う。
あるいは、充電期間。
自分が不登校だったから、不登校の子がいるクラスでのことを知らなかった。
他の人から聞いてると、やっぱり不登校っというものはなんとなく触れてはいけないような印象があるようだ。クラスによっては、不登校の子のことを笑っている人もいるみたい。
まあ、イメージ通りかな。
私は実はあんまり、こういうのを感じてなかったりする。
クラスの人たちが良かったんだと思う。
普通に話しかけてくれる人がいた。
友達も私を「不登校の子」としてじゃなく、「一人の人間」として接してくれてた。
中学校に上がって私を知らない人が出てくると、そういう雰囲気を感じてしまうこともあったけど。
さすがに私を知らない人は私のことを「不登校の人」としか認識できないと思うから、しょうがない。
「不登校の子」として接せられるとしんどいよね。
やっぱり他の人とは違うんだ。ダメな奴なんだって。
そして、再び学校に行かなくなる。
しかし、「無気力」の原因は何?と聞かれても分かんないよね。
難しい。人による。
本人も分からないのに、第三者が原因を解明なんてすっごく難しい気がする。
でも、そこを取り除けない限り不登校脱却、または不登校を防ぐことは難しいのだろうなぁ。
話をすることもないだろうし。
私は、とりあえず休んで充電くらいしか思いつかねえ...
人間関係でっていうのも、ただのきっかけな気がしてしまうしな。
小さな我慢が積み重なってのような気がする。
無気力になる前に、話を聞いてもらうとか?????
親子の関係改善とか?????
取り除くことができる小さな我慢を取り除くとか???
そんなことできるのだろうか。
とにもかくにも、不登校じゃない人の不登校の印象ってやっぱり触れちゃいけないっていう印象だったり、落ちこぼれみたいな印象なのかな。
事実っちゃ事実。
それに、こんな印象持ってもしょうがないよなとも思うしね。
私も不登校になる前は「なんで不登校になるの?」と思ってたし。
人間分からないものには触れたくない、あるいはよく知らないからどうしたらいいか分からないって思っちゃうの仕方ないよ。普通のことだよ。
笑うのは別だけどね。