「ここでライブとか出来るの?」
”ここ”とは私がマスターをしているカフェだ。
不意に声を掛けてきたのは60代半ばの男。
それが「自由音楽人」との出会いだった。
「できますよ」
若いころにはグラナダ(スペイン)でギターを教えていたこともあるらしい。
興味深い男だ。
連絡先を求められたので名刺を差し出すと、男は目を細めて
「紙に書いてくれないか」と言った。
字が小さいからかな、と私は破ったノートに大きめの文字で、住所、名前、電話番号を書いた。
男はそれを眺めて「手書きの文字が好きなんだよ」と、ノートに大きく「自由音楽人」と書いた。
それから何度かやって来ては珈琲を飲みながら何やら作業をする。
どうやら曲を書いているようだ。
聞くと、まだ演奏する曲がないらしい。
「いつもアドリブで演奏するから同じ曲は2度と弾けないんだよ」と笑った。
演奏会をやるためにきちんとした曲を用意したいのだそうだ。
「ここでライブやりたいなあ」「いいですよ」
「俺のギター見に来ないか」と自宅へ招かれた。
呼び鈴を押すと、「ギャー」という返事。
家に上がるとリビングはジャングルのよう。
話には聞いていたが、大きなインコを8羽放し飼いにしていた。
自由音楽人のギターは市販の物ではない。
ネックに打ち込まれた金属製のフレットがやけに多い。
グラナダの職人に頼んで、通常12音階のギターを24音階でこしらえたものだ。
彼は未完成な曲をほぼアドリブで演奏してくれた。
4月に小笠原へ行ってしまった自由音楽人から手紙が届いた。
それは「やあ どうも」で始まっていた。
内容は、島の教会で演奏したことの報告だった。
「はじめてが、神の国、教会での演奏でした。」
と綴られていた。
私は頷きながら汚い字を目で追い、脳裏にはあの笑顔が浮かんでいた。
「島へ遊びにおいで」
って、片道25時間かかるから暫くは無理です。
手書きっていいなあ。