美容にしか興味のない人は読まなくていいです。

ごめんなさいね

つまらない事ダラダラ書き出す。

しかしながら、書かずにいられるか。

 

久しぶりに 金儲け医学美容以外のことを

他人様と語りたくて

読書会猫町倶楽部に侵入する。 

やっぱり刺激になる、

 

お題は 知る人ぞ知る 江戸中期日本画家 

伊藤若冲である

NHK日曜美術館のフカシが入ってHOTな若冲。

東京の展覧会は最高5時間待ちのすごいことになったらしい

 一度見たら忘れられない 細密なニワトリ、花の絵を描く。

江戸期京都人たちは 見たまま本物ソックリとほめそやし感嘆したことだろう

「 よお、コンだけ細かあに...」

 

鳥の羽一枚一枚精密な羽毛構造ふくらみ流れ。ボタンの花弁にかすかに映る透過された光

虫食いブドウ葉の穴から見えるレンズで拡大されたかのごとくのぞくブドウ粒

 すべてが実世界にない誇張された表現なのに

図鑑写真でとったようにに感じられ

それでいて違和感なく美しいのである。

 

見よこの鳥を

{1D24B996-5926-4F0A-A2DD-9C7743F51CFB}

 

見よこの花を

{9CEC9BD4-171C-494F-832A-4194EC3109E2}


 ネチネチと執拗に形態を追って行く視線が

すごい。
そして、その反面 イッキに余白と墨のカスレを
生かした水墨画もまたいい。

 

    写真がない時代、本物ソックリに描く、それだけで 絵描きの手柄であり存在価値があった

いかなる花か草か

いかなる虫か

習性植生用無用

形態の特徴をつかむ写す名をつける分類する、

博物学のシッポを

江戸知識人は捕まえつつあった。

 

 人は事物を脳で見て解釈消化する

オノレを無にしてアウトプットはできない。

カメラじゃない

こうしたらもっとキレイに見える…

どうしても自分の好み意向がでる、

だから 若冲に解体新書の挿絵を頼むのはムリだ。

 

脚色を科学的思考は拒む

解体新書と若冲は同時代を生きているから

もし、かの本を見たら自分のホンモノウマさと

別のホンモノウマさを感じ

恐れ入ったかもしれない

 

それはオノレを殺したホンモノウマさだ

 

解体新書と若冲はほぼ同時代なので

もし見ていたら、と想像しただけだ。

 

若冲は人間はほとんど描いていない。

勝手に想像するが

若冲居士は

おとなしい、信心深い

商売にある程度必要な

ずぶとさこすさのない人物と思う。

なぜにヒトを描かないか。

繊細な男である、

思う以上に美しく描いても

また、真を穿って対象物をなぞるのも、

モノ言い余計なこと考える俗人の相手は辛かろう。

 

特に美醜に敏感な婦人は。

 

「 花鳥はどう描いてもナニも言わん、

無心なモノや…」

 

彼が 肖像画を残したヒトは、恐らく

彼が心を許し、安心して顔を描ける人物のみであった。

ヒトは彼にとって苦手な対象物であった。

だから存在しない。

 

作家のデフォルメされた世界観によく似た世界観を持つ人間が

その絵を良し、と感じるのではないか。

 

私たちは佳き絵を描く画家と 見える世界観をシンクロさせる。

 

 

伊藤若冲展は京都に12月4日まで

 

{9087D99C-EFB0-47C5-B4AE-0E9B1EA798C5}


御覧なさいませ!

 私もオカンの寺参りサボって観に行きます!
 

 

 

 

 

↓当院のホームページはこちらをクリック↓

京都ロゴ

 

↓当院のスタッフブログ↓