「言葉」っていうのは本当にタイミングが重要だと思う。
例えば「愛の告白」。早すぎると「えぇ?」ってなるし、けっこう時間が経って親しくなってからだと「親友でいて」みたいな。今の文章はテキトーに書いたけどまぁこんな感じじゃないですか。お互い好きなんだけど、意地を張ってしまうというか何というか……僕は昔、仲良かった女の子に告白したら「人としては好きだけど、男としては……」って言われましたけどね。いやいやいや、何やねんそれ!人として好きならそれ以上のもんなんてないやろ!あ、話が脱線してしまいましたね。
愛の告白って言えばその後付き合う付き合わないは別として、誰もが言われて嬉しい言葉なんですよ。多分一番言われて嬉しい言葉。優しい、格好いい、かわいい……人を表すときにはいろんな言葉が遣われます。その中で「好き」って言葉は究極だと思う。言うたら「優しい」「格好いい」「かわいい」……そういうの全部ひっくるめたのが「好き」って言葉でしょ。だから一番言われて嬉しい言葉なんじゃないかなと思うわけです。
「告白」の話してるからついでに言いたいことがあるんだけど、よく告白してふられると「自分の気持ちは相手に届かなかった」みたいな表現するでしょ。あれおかしくない?告白したら相手は「あ、この人自分のこと好きなんや」って分かるやん。この時点で相手には自分の気持ちが届いてるワケやん!言うなら「告白したけど相手の心は動かなかった」って言わへんと!はい、それだけです。
そんなトモノ理論の中の究極の言葉「好き」でも、タイミングによっちゃぁ相手の心を動かすことができないんですね。ドラクエでいうメガンテ唱えても相手を倒せないみたいな。ちょっと違うか(汗)
愛の告白じゃなくても世の中には無数の言葉が飛び交っている。本でも小説などのように文章が書かれた本ではなく、言葉だけが掲載されている本も出版されている。言葉は耳で聞くだけでなく、目で見ることもできるってことは都合がいい。
でもその本を買ったら心が豊かになるかって言ったらそうでもない。自分の今までの経験上、例え瀬戸内寂聴さんのありがたい話でも、相田みつをの表現でも、読んだときは「はぁ、いい内容だったなぁ」のような、おいしいもの食べて「もうお腹いっぱい。ごちそうさまでした」みたいな感じになることが多い。
言葉は食べ物のように思う。
おいしいものでもたくさん食べるとくどくなるように、いい言葉もたくさん頭の中に入れてもその重みというか、良さが軽減されてしまう気がする。
お腹いっぱいの状態でめちゃめちゃ高級なレストランのフルコースを食べるよりも、高速道路でようやく辿り着いたサービスエリアで食べる安いラーメンの方がおいしく感じられるように、言葉もいい言葉が羅列されてる本が決して素晴らしいワケではない。そんな大御所が作った言葉よりも、意外と身近にいる家族や友達のちょっとした一言の方が印象に残ったりする。
自分が前進してるときにどんだけ素晴らしい「元気出せよ」的な言葉を言われても、一瞬「おお!」って思うだけ。自分がなかなか思うように前に進めない、後退してしまっているのでは?って不安なときに言われる言葉は本当にスゴい力となって自分の背中を後押ししてくれたりする。
「昨日は届かなかった一音に指を伸ばすんだ」
今のオレにとってはドツボにハマった。
タイミング、内容、バッチリ。
Just Meet!
Stay Gold……
横山健の別に危なくないコラム
例えば「愛の告白」。早すぎると「えぇ?」ってなるし、けっこう時間が経って親しくなってからだと「親友でいて」みたいな。今の文章はテキトーに書いたけどまぁこんな感じじゃないですか。お互い好きなんだけど、意地を張ってしまうというか何というか……僕は昔、仲良かった女の子に告白したら「人としては好きだけど、男としては……」って言われましたけどね。いやいやいや、何やねんそれ!人として好きならそれ以上のもんなんてないやろ!あ、話が脱線してしまいましたね。
愛の告白って言えばその後付き合う付き合わないは別として、誰もが言われて嬉しい言葉なんですよ。多分一番言われて嬉しい言葉。優しい、格好いい、かわいい……人を表すときにはいろんな言葉が遣われます。その中で「好き」って言葉は究極だと思う。言うたら「優しい」「格好いい」「かわいい」……そういうの全部ひっくるめたのが「好き」って言葉でしょ。だから一番言われて嬉しい言葉なんじゃないかなと思うわけです。
「告白」の話してるからついでに言いたいことがあるんだけど、よく告白してふられると「自分の気持ちは相手に届かなかった」みたいな表現するでしょ。あれおかしくない?告白したら相手は「あ、この人自分のこと好きなんや」って分かるやん。この時点で相手には自分の気持ちが届いてるワケやん!言うなら「告白したけど相手の心は動かなかった」って言わへんと!はい、それだけです。
そんなトモノ理論の中の究極の言葉「好き」でも、タイミングによっちゃぁ相手の心を動かすことができないんですね。ドラクエでいうメガンテ唱えても相手を倒せないみたいな。ちょっと違うか(汗)
愛の告白じゃなくても世の中には無数の言葉が飛び交っている。本でも小説などのように文章が書かれた本ではなく、言葉だけが掲載されている本も出版されている。言葉は耳で聞くだけでなく、目で見ることもできるってことは都合がいい。
でもその本を買ったら心が豊かになるかって言ったらそうでもない。自分の今までの経験上、例え瀬戸内寂聴さんのありがたい話でも、相田みつをの表現でも、読んだときは「はぁ、いい内容だったなぁ」のような、おいしいもの食べて「もうお腹いっぱい。ごちそうさまでした」みたいな感じになることが多い。
言葉は食べ物のように思う。
おいしいものでもたくさん食べるとくどくなるように、いい言葉もたくさん頭の中に入れてもその重みというか、良さが軽減されてしまう気がする。
お腹いっぱいの状態でめちゃめちゃ高級なレストランのフルコースを食べるよりも、高速道路でようやく辿り着いたサービスエリアで食べる安いラーメンの方がおいしく感じられるように、言葉もいい言葉が羅列されてる本が決して素晴らしいワケではない。そんな大御所が作った言葉よりも、意外と身近にいる家族や友達のちょっとした一言の方が印象に残ったりする。
自分が前進してるときにどんだけ素晴らしい「元気出せよ」的な言葉を言われても、一瞬「おお!」って思うだけ。自分がなかなか思うように前に進めない、後退してしまっているのでは?って不安なときに言われる言葉は本当にスゴい力となって自分の背中を後押ししてくれたりする。
「昨日は届かなかった一音に指を伸ばすんだ」
今のオレにとってはドツボにハマった。
タイミング、内容、バッチリ。
Just Meet!
Stay Gold……
横山健の別に危なくないコラム