来年の7月24日は
東京オリンピック開幕なのですね
開会式をテレビで観ながら
母と一緒に甘いものを食べるのが
今から楽しみです
平成14年8月ある日の早朝
母はトイレに起きそのまま倒れました
病院へ駆けつけると
軟体動物のように身体をくねらせ
舌を口からペロペロと出していた
付き添ってきた父と
先に到着していた兄は
なすすべもない様子で椅子に座っている
母のその姿を理解出来ないまま
不安な気持ちで
「お母さん、、」そう声をかけても
当たり前のように返事はなかった
次の記憶は
医師の「おそらく駄目でしょう」の言葉
病棟に移り
家族がベットの周りに集まっていた
身体の動きは静かになり
胸が上下する呼吸を見つめながら
生きてることを感じることしか出来なかった
翌日だったのか記憶も定かではないけれど
柵を掴みしゃがんで覗き込んでいると
不意に母が目を開けて
私のおでこを指でピンとはねた
母の瞳をしていた
医学の知識も何もなかったけれど
医師は駄目でしょうと言っても
その一瞬以外には
ずっと目を閉じていても
母はきっと大丈夫
ただただそう感じていた
あれから17年が過ぎました
青い空と
気持ちよ〜く晴れ渡った
2019年7月24日
母は85歳の誕生日を迎えました
一足早く
日曜日に夫と訪れると
気持ち良さそうに眠っていた
そっと起こしていつものように
だーれだ?と聞くと
すーまーこと答える
それはあなたの名前だよ〜
私はみー?
と首をかしげながら聞くと
あぁ、間違えちゃったと言いたげな笑顔で
みーほーちゃんと答える
甘い差し入れを楽しみにして
手荷物をじっと見つめる
ニコニコの笑顔で早くちょーだいよと言う
食べ終わると
もっとちょーだいよぉ〜と
٩(๑´0`๑)۶
こーんな顔で言う
ここ数年
低血糖や徐脈による意識混濁を
度々起こしていましたが
5月の入院の際に薬による副作用
ジキタリス中毒と診断されました
ペースメーカーを入れる治療の説明を受け
その他にも
子宮からの出血が続いていたこともあり
子宮癌の疑い
そして子宮から少量便がでていると
子宮と腸の癒着の疑いの説明
初めて聞く病名
初めて知る症状
医師の説明と治療方針に
その場では知識と理解が追いつかず
違和感を感じたままでは
ペースメーカー挿入をお願いしますと
答えられなかった
長時間付き添ってくださっていた
施設の看護師の方
職場の看護師さん
看護師の友人に
聴いてもらい受け止めてもらいながら
母にとって最善であり
納得の行く治療の答えを
検査結果の連絡が来るまでに模索しました
調べたり考えたり聴いたり出来る時間を
与えられたことが
有難かった
どんな選択をしても
心のいのちと
身体の命を守ることを大切に感じたかった
母の心に寄り添いたかった
思いがけなく検査の結果は
子宮癌や腸との癒着は認められず
そして、ペースメーカー挿入も
今回は見送るとの説明があり
副作用を起こしている薬を変えて
様子を見ることで退院になった
あれから2ヶ月
脈も落ち着いてきてるようで
表情も以前より良くなっています
幸せそうに甘いものを食べる
母の笑顔を眺めながら
この時間を大切にしようと改めて感じた
これからも母の大好きな甘いものを持って
逢いに行く
手を握ったり
時々子供の頃よくしていた
母の耳かきをしたり
じゃんけんしたり
指相撲したり
見つめ合ったり
心のいのちには
誰だって寄り添えるのだから
久しぶりの更新となりました
お読みくださり
ありがとうございます
今日も明日も明後日も
大切なたったひとつに繋がって
素敵な温かな1日になりますように
※聞き慣れないジキタリス中毒や癒着という症状
知るきっかけになれば幸いです

