自分は親に愛されなかった
必要もないのに生まれた子
要らない子供だった
今年に入って聴いた父の気持ち
ある日思いがけなく
この話を聴いたのは
腸閉塞の疑いがあった真冬の頃のこと
年齢を重ね
体調不良や物忘れ
大事な物を
どこにしまったか分からなくなり
探しものばかりする自分に向き合い
不安が増す日々
弱音を吐くことも増えてきた
なんだか自分がおかしい
探しものばかりしとる
認知症状によくある
物盗られ妄想もすぐに始まりました
父が不安と戦う中で
「お前が通帳を持っていった」
「お前が家をぐちゃぐちゃにした」
「返さないのなら警察に届けようと思う」
不安の矛先は私への疑い
父の人生の未解決の問題
声なき声に向き合った
エスカレートする
物盗られ妄想の日々の中で
私の中で色んな感情が沸き起こる
認知症状だからと割り切れない
怒りや悲しみ
苦しみと不安
そしてその先にあるたったひとつの
本当の気持ち
子供の頃に傷ついた私の記憶
競艇場で
待ってる場所に戻って来なかった父
迷子になって悲しくて
「どうして戻って来てくれなかったの」
悲しみの中で聞いた答えは
「めんどくさかったから」だった
父と同じ
愛されてないんだと私は蓋をして生きていた
幼い頃のあの日の私と
それを乗り越えた今の私が怒っていた
兄は兄嫁が実家に一切関わらないことで
兄嫁と父の間に板挟みになっていた
父が思い描くような形で
看てあげることが出来ないので
申し訳なさから
「財産を放棄する」そう父に伝えた
父は勝手な解釈で
財産を放棄する=面倒を看ない
それ以来
ずっと兄に冷たい態度を取り続けた
それでも兄は何度も通い続けた
兄も私もずっと父の頑なさに苦しんでいた
認知症高齢者によくある
物盗られ妄想や
少しずつ出来なくなっていくこと
分からなくなっていくことの不安や恐怖
そんな父が執着したのは
現金や通帳、土地の権利書
大事だから守りしまい込み
どこに置いたのか分からなくなる
鍵をかけておけば
その鍵をどこに隠したか分からなくなる
そして愛されなかった
寂しさが創り出す世界は
物が無くなるのも
自分が忘れやすいのも
すべて私のせいだと
そんな父の瞳は濁っていた
頑なさから違う世界を抱きかかえたまま
勝手に認知症の世界に行くんじゃない
私の声なき声が泣き叫ぶように怒っていた
その怒りを抑えきれずに
ありのままの気持ちで
ある日父に酷い言葉をぶつけた私
警察に通報すると電話がかかってきた
翌日のことだった
じゃあどうぞ警察呼ぼうか
そう私が言って始めたその日の会話は
頭で考えたわけでもなく
蓋をしてきたつもりもない
わからず屋の頑なな鎧を外さない父に
認知症なんか関係なくて
愛されてないって言いながら
兄や私からの愛を受け取らないのは
自分じゃないか
親からも
子供からも愛されないっていう世界を
自分で勝手に創っておいて
それを全部私のせいにするな
馬鹿野郎
私だってあの日愛されたかった
あの日から
お前に愛されてないって思いながら
ずっと生きてきたんだ
競艇場での気持ちを話した
兄とわかり合わないまま終わって
私ともそうやって同じことを
繰り返せばいい
それは全部お前のせいだ
父をお前と呼ぶほど怒っていた
本当の私
悔しくて悲しくて
子どものポジションの私がそう叫んだ時
父の瞳は大きく見開いたように見えた
吐き出した後に
怒りの後に
自分の気持ちに沸き起こるものは
たったひとつの思いだけだった
目の前に起こる出来事の
その奥にある
たったひとつに繋がる為に
父と私は様々な感情に
向き合ってきた
17年も母を看続けてくれた尊敬の念
胃がんになり
全摘を勧められても拒否
理由は母を看れなくなるからだった
再発はしていない
母が特養に入所した日
施設の方が迎えに来てくれ
車椅子を押してくれていても
車椅子を受取り
父が押してその玄関を通った
入所して数日後
母の姉に電話を掛けて
母と姉の会話の時間を創っていた
その顔は今まで見た父の表情で
一番優しく温かな瞳
物盗られ妄想の最中
母から聞いた話を思い出した
一番上の兄は臨月で死産だった
二番目の兄(亡兄)は難産で
出産が辛かった母は
私が出来たとき産みたくなかったのだそう
渋る母に父が
一人っ子では可愛そうだから
頑張って産もうと母を説得して
私が生まれたのだそう
中学の頃だったか母から聞いた話
6月11日
この日皆さんからたくさんの愛を頂いて
その夜父にありがとうって言いたくて
電話をかけてみたけれど
父は会話をしてくれなかった
無言の父は一方的に電話を切った
だからメールを送った
お父さんの言葉が無かったら
私は生まれてこなかったんだね
ありがとうございます
父の蓋をしてきた気持ちに向き合い
私の本当の悲しみと愛を伝えてから
父の物盗られ妄想は
2週間ほど経ちますが
顔を出さずにいてくれている
父と私の1日いちにち
今日も父を連れて母のところに行きました
心配かけるからと
言わないでいた最近の出来事
母にありのままを話して
しょーがないから
お父さんに大好きって言ってあげる?
と聞いてみると
そーだねぇ
と補聴器を無くして
まったく聴こえないぼーっとしている父に
母が手招きをして
おとーさん、おとーさん、おとーさん
大好きだよ〜
入れ歯のない母の可愛らしい話し方
9人兄弟の末っ子の母は
こんな時素直に言ってくれる
悲しみや
苦しみも
味わって
目の前の出来事のその奥にある
たったひとつを感じるために
たったひとつに繋がるために
今日も大切な1日いちにちを
過ごしています
最後まで
大切にお読み下さり
ありがとうございました
母の言葉が聞こえたのか
右目ウインク
左目ウインク
両目をパチパチ
おどけて首をかしげる
そしてすぐに窓からの景色を眺める父でした
こんな父初めて見た



