僕は、生まれてからずっと東京に住んでいる。
だから、東京の生活には慣れている(慣れてるという表現はおかしいけど)。

地方の人は「東京は怖い」というイメージを持っている人が多いと聞いたことがあるが、
歌舞伎町だろうがどこだろうが、僕は慣れているからなんとも思わない。
むしろ、地方の人から「怖い」といわれてイラッとくる時もある。
本当のことを知らないで、イメージだけでそんな言い方はないだろうって思う。
東京はそんなに怖い街じゃない。

しかしだ。

子供の頃から東京に住んでる僕でさえ、

「東京は世知辛い」

「東京は人間の結びつきがあまりに弱すぎ」

と思ってしまうこともある。

たとえば、同じマンションに住んでる隣の人の名字さえ知らないからね。
僕は人一倍人の名前を覚えるにが苦手というところがあるのでそういう理由もあるけど、隣の人との交流がほとんどない。
もちろん、会えば挨拶を交わすけど、そのまえに、顔を合わせること自体がほとんどない。


ずいぶん前にすんでた所での話。
旅行のお土産を隣に持っていったところ、

「こういうのは、きりがないのでもうやめて下さい。」

と受け取ってもらえなかったことがある。
当然のことながら、その一件以降、その家とは交流断絶。

隣にお土産を持っていくというのは、母親の田舎では当たり前の光景だったのに。
東京では、人と関わり合うこと自体をみんなが拒否する。

次のような事例もある。

小学生の男の子が、僕が後ろを歩いただけで、警戒した目でなんども振り返ることがある。

その子の真後ろを歩いてるわけじゃないのに。
ちょっと離れて歩いてても、どう見ても警戒してる。
たぶんその子の親が、そのように教えているのではないかと思う。

大人を必要以上に警戒させる教育は、子供に悪影響しか及ぼさないと僕は思う。
女の子ならわかるが、男の子なんだし。

実は都会の子には、大人が挨拶しただけでも警察から広報が来るんだからあまりにやり過ぎではないかと。

警察のメールマガジンに登録してるのでそれがよくわかる。
警察から来る広報メールの中には次のように書いてあった。

「●月●日、小学生の男の子が知らない男から「今何時?」と声をかけられた。情報をお持ちの方は・・・」

大人が時間を聞いちゃいけないのかって思う。
携帯や時計を忘れて、どうしても時間を知りたい時でも、子供に聞いちゃいけないのだろうか?
我が町の警察はちょっと神経質すぎると思う。
こんなことやってりゃ、東京がギスギスするのは当たり前だよな。

母の田舎に一人で墓参りに行った時のこと。
知らない中学生の子が「こんにちは」と声をかけて通り過ぎた。
これは東京ではあり得ない行動なので、ビックリした。

でも、それが本来の人間のあり方でしょ?
東京ではそれが成り立たない。
地方の人はそういう意味では幸せな環境にいると思う。
東京では「そこにいるだけで犯罪者扱い」だからな。

「そこにいるだけで犯罪者扱い」
これは東京に住んでいると時々感じることがある。

たとえば今、東京の多くのスーパーでは、現金で支払うと機械でお札や硬貨をチェックする。
このチェックでは間違いなく内部的に偽金チェックをやっているはず。
お客が支払うたびに毎回偽金チェックするほど、東京って偽札が多いのか?
そんなことないでしょうに。

これは、

 「人を見れば犯罪者だと思え」

という誤った教育の延長上にある事象。

いちいち偽札チェックされると腹が立つ。
偽札なんてそんなに出回ってないだろうに。
スーパー業界はあまりにもやり過ぎで、人を犯罪者扱いしすぎだから腹が立つ。

今のところ救われてるのは、セブンイレブンなどのコンビニ業界ではまだ偽札チェックがないこと。
でもそのうちコンビニもそうなるんだろう。
消費税の切り替えがあるから、下手すりゃ今年の秋からそうなる可能性がある。

人を見れば犯罪者だと思えという考え方は間違ってるし、ある意味で名誉毀損に当たると僕は思う。
とにかく偽金チェックなんてやりすぎだよ。

ただ、実はスーパーで機械でお金のチェックをやるのは、もう一つ別のメリットがある。
機械が現金をカウントして自動的にお釣りを出す仕組みなので、店舗での両替とか券種指定とかを断りやすいからだ。

ただやっぱり性悪説的な見方で客を見るというのはどうしても腹が立つ。
9割以上の人は真面目に生きてるのだから。

そもそも機械で金銭チェックをやるようになってから、レジのスピードが大幅にダウンしてる。
機械がお札を吸い込む速度が遅いし、金額チェックも一瞬だが待たされるし、お釣りがでてくる時間も待たされる。
人間がやったら一瞬で終わるのに。
もう少し客の気持ちとか客の時間を奪わないとか、そういうまっとうなことを考えて欲しい。

「なんだ、それじゃぁ、東京なんてやっぱり怖くて良いとこないじゃないか。」

そう思うかもしれない。

でも、東京の下町はそうでもない。スーパーを除いては。

東京は人の結びつきが極端に弱いというのは有名な話。
ところが、有名な話でもそれが正しいとは限らない。
東京下町では、逆に、人と人の結びつきが強すぎて困ることもある。

実際にあった僕の経験だが・・・
家の鍵をうっかり開けておいたら、いつの間にか隣のおばあさんが勝手に人の家のリビングに入って、座ってて驚いたことがある。
超驚いた。

下町のおばあさん世代というのは、人の家に勝手に上がるこむのは日常茶飯事、あたりまえのようだ。
おばあさんは決して悪い人じゃないし、いろいろ面倒見てくれるし、しょっちゅう食べ物などを分けてくれる。
でも、さすがに勝手に家に入られれば、それは驚くでしょ。

地方の人だって、勝手に人の軒先に入ってきて、声をかけることってあるでしょう?
下町のおばあさんも同じことをしているだけに思える。
地方の家の場合は、庭が広くて軒先に行かないと話ができないから勝手に入っていくこともあると思う。
しかし東京は狭い街。
庭自体がない家の方がむしろ多い。

たしかに、子供の頃、僕らも、おばあさんと同じようなことをやっていた記憶がある。

もんじゃ焼き屋の入り口から店に勝手に入って、裏口から逃げるみたいな鬼ごっこをよくやった。
お店の人は(子供だからかもしれないが)、そんなことをやっても決して怒らなかった。
そのお店は全くの他人のお店で、ときどきお小遣いで子供どうして食べに行く程度の店だった。
それでも、怒られることはことはなかった。
「走ると転ぶよ」ぐらいの注意はあったけれども。

今は、そんなことをできる店なんて、きっと一つもないだろう。
それが子供だったとしても。

昔の東京下町は、そういう和やかな雰囲気だったんだよね。
そこにただいるだけの人を犯罪者だなんて決めつけるようなことは、決してしなかった。
そういう時代だった。

ただでも、東京に住んでいる僕らみたいな若い世代は、さすがにそのおばあさんのような行動には慣れていない。
僕らの世代からすでに、東京はそういう時代ではなくなってしまっている。

繰り返すが、いまは、そこにいる子供に「今何時?」と声をかけるだけで警察が広報で協力を呼びかける時代。
警察から来る広報メールのタイトルも「子ども(声かけ等)」だからね。
その人の事情とか内容とかは一切考慮されず、声かけだけで犯罪者としてみられてしまう東京。

まぁそういう意味では、東京はやっぱり恐ろしいのか。

時代の流れに逆らうことはできないけど、もうちょっと人と人の交流があった方が良いし、交流できるような雰囲気を作れないものかと思う。