
続きのNO.3は、子育て、しつけ
2人目を25歳で出産して現在今年20歳になる
女の子、男の子の
母になり、下の男の子がなんと、
母乳とミルクの混合で育てることが出来た為に
凄く体的にも精神的にも、楽になり、
上の子は、グズグズの甘えたさんの
ワガママちゃん✨
でも、弟が産まれて、おねーちゃんも
こうやってたんよ?とか、
見せて教えるスタイルに変化✌️
なので、2人目産んで良かった♡
自分にも余裕が出てきて(Θ̋֊Θ̋)
反対に長男半年のお座り時期や、
離乳食も、順調に男の子だから??
育児書見て長女育てたけど、育児書通りに
行かなくて余計にストレスを溜めたのかもしれない。
成り行きで育てるスタンスの長男は、
よく寝てくれる子だったので、
大きくなってくるまで、
手はかからなかった。
私は今みたいに、パパ育?は、
よくわかりません。
どんだけ仕事行かない人
お金稼いで来ない人でも、
子供には、罪はないので、
だって選んで来てくれたから🤲❤
旦那に、子供の育児をさせたことが
ありません。
理由は、色々あるのですが、
旦那を頼るという行動が自分の中で
嫌だったという事。
その分、全部自分でしないといけないので
それなりに、しんどい思いもしました。
でも、お腹を痛めて産んだ可愛い子供達♥
この先どんなことがあっても、
親子なんです。
今思えば、その時その時に
育児で思い悩むこと、沢山あります。
でも、そこを乗り越えてこそ、今があり、
自分の親も、そうやって自分を
育ててきてくれて、子供が産めた事に
感謝です。
きっと、適当なお母さん、しっかりしてる
お母さんとか、周りが勝手に評価してくるけど、子供産んで育てた母は、それなりに
乗り越えてきてやって来ています。
人の言葉や評価に、左右されない事が
自分の中の決め事です。
私も2人幼稚園や、小学校、中学校、
高校と子育てしてきましたが、
人の噂や、人の事を言う人居てます。
そういう人ほど、子育て適当な所あります。
育児に自信があれば、他人の事の嫌味や
噂など、口に出すことしません。
きっと他人の所のことが
気になるんでしょうね(笑)
育児に正解も不正解もないです
正しくないもの。。。
それは子供を殺めてしまう事。
よくニュースでも、身近でも目にします。
虐待死という言葉。
心が痛い😣💦
自分の子供に手を出す。
これは、私は小さい時に
(幼稚園年中ぐらいから、
小学校6年ぐらいまで)
しつけと言うこともあったけど、
父が夜の仕事の人で水商売のマスターで
経営していたので、夜になると
父は仕事で家におらず。
母と2人の生活。
夫婦間に問題があったり、なにかと
少しの事で親の目に付き、怒られる。
それがヒートアップして手が出る。
手を出すと少し気持ちが和らぐんでしょうね。
夜になるのが怖かった時もあったし。
父に言ったら母が返り討ちに合うのも
子供ながらわかっていたので、
言わずに、痛みに耐えた事も沢山ありました。
自分が受けた虐待的な事は、大きくなっても
覚えています。
これがトラウマです。
でも、いくら自分を産んでくれた母でも
憎しみや悲しみは、恨みと変わります。
中学になった私は、もう限界。。。
怒られた時、また手をあげようとした母に
向かって、逆ギレとして、包丁片手に
大声張り上げて、「やれるもんなら!
やってみろや!!今まで黙ってされるがままやったけど!もう限界じゃ!」と
包丁を、振り上げた記憶があります。
母は、そこで気づいたみたいです。
自分がやってきた事は、ダメと言うことを。
我が子に気付かされる事の心苦しいものは
1番辛いものです。
私は、この時言いました。
「私が仕返しせんと思ってもみなかったやろ!チャンスをずっと待ってたんや!
子供に手をあげる、外に放り出すとか
何が楽しいねん!最悪殺さんで良かったな!
中途半端な、わからんとこにアザ作りやがって!今までやってきた事、全部やったろか!」
と、ほえました。
母は、震えて怖がりましたね。
ごめんねと、初めて私に謝りました。
この経験があってこそ、私は長女、長男に
手をあげたこと、それは、小学校長女4年
と長男2年生の時に、おねーちゃんが悪い事をしたことにより、姉弟の喧嘩で、2人とも
顔に1回ずつビンタしただけです。
それ以外、痛い思いをさせたくない。
口で何回言ってもわからなくても、
何回でも口で伝える育児をしました。
子供は、手をあげられることにより、
怖い、痛いしか残らず恐怖として
残るからです。私もそうでしたから。
子供を殺めてしまう事
以外は正解も不正解もないんです。
人それぞれの育て方があるから
色んな考えの色んな人が居てるわけです🤡
私も、子供2人が大きくなるに連れて
ママ間違ってるよと、子供から教わること
沢山ありました。子供が教えてくれるんです。
でも、自分の子供に教えてきたこと以外の
大人の親の間違い探しを子供たちは、
見て探してくれます。
親が子供に間違いを教えるように
子供が親に間違いを教える。
これは、絆と信頼と愛だと思うんです。