お久しぶりです。2年も更新していなかったのにコメントをいただいていて、本当に感謝しています!ありがとうございます。今回は、ここ1~2年の近況報告をしたいと思います。

昨年は、おととしに続きYMCAのキャンプに参加したり、震災後初めて福島入りし、ボランティア活動をするなど、有意義な一年になりました。

YMCAのキャンプ(8月)では、小学生対象のキャンプに来た子供達の面倒を見るという内容でした。YMCAではキャンプに来ている子供達の面倒を見ている人をリーダーといい、私たち高校生はリーダーをサポートする仕事をしました。一緒に歌を歌ったり、ゲームを企画したりなどの内容で、八泊九日の長いキャンプでした。6日目に来たあるリーダーは、キャンプの中では食事の前に歌を歌うのですが、そこで少しやる気がなさそうに歌っていたように見えました。一緒にジュニアリーダーズキャンプに参加し、同じ部屋に泊まっていた子が、「キャンプは非日常的空間で、本当に楽しいものなのに、どうしてやる気がなさそうな感じで歌わないで欲しい。楽しくないと感じるのは仕方がないけれど、それを子供達の前で見せないで欲しい」と、私たち高校生が泊まっていた部屋で、泣きながら話してくれました。彼女は小学校に入る前から毎年キャンプに来ていたそうで、そこでずっと感じていた一体感を感じられなかったのでそう感じたそうです。自分の大好きだった一体感があるキャンプを作ろうと、そのときから、その前以上に一生懸命活動をしていました。私は、自分にはないその熱意に感動しました。けれど、一体感を心からは感じられなかったのです。

9月には八神純子さんのコンサートに行きました。そこは狭い会場だったのですが(800人も入りません)、そのぶん参加者との一体感を感じやすいんですね。その時私は、八神さんの「一体感を感じられませんか?」という一言で一体感を心から感じられ、はっとしました。そして一体感を感じるということは、同じ目的、目標を持っている人たちの間に絆が生まれるから感じるのだと考えました。私はそこで絆を心から感じ、ほかの誰かにも伝えたいと思いました。そこで、八神さんが東北の復興支援を積極的にしていて、東北はとても「心のつながり」を必要としているのではないかと考え、福島でのボランティアツアーに参加しました。

参加したのは「JTBオーガニックコットンツアー」で、NPO法人「ザ・ピープル」が行っている3.11の復興支援の一環です。「ザ・ピープル」は元々は古着のリサイクル活動をしていたのですが、3.11の直後に古着を保管していた倉庫が奇跡的に津波の被害を逃れたので、その古着を避難所に届けたことから復興支援の活動も行うようになりました。3.11直後の原発事故以来食べ物が売れないので、放射能の影響を受けにくく口に入れないものを作ろうと考え、その条件にぴったり当てはまるコットンを育てることになったのです。私は日帰りのツアーに一回と、一泊するツアーに一回参加しました。土日で参加できますし、重労働は全くないので参加しやすかったです。そこで草刈やコットン野収穫作業を行い、その後被災した地域をバスで視察しました。現地の方は、「風化するのが一番つらい」とおっしゃっていて、「来てくれるだけでも、忘れられてないんだと思いうれしくなる」ときき、こちらもとても嬉しくなり、「誰かの役に立てたんだなあ」とおもい、とてもやりがいを感じました。それと同時に、「たったのこれだけでいいのか」という思いもありました。その気持ちから二回目は一泊で参加をしたり、文化祭で東北について模造紙に書き発表するなどの活動をしました。私は、ここで感じたやりがいと、もっと役に立ちたいという気持ちから、将来は地域に携われる仕事をしたいと感じるようになりました。


今年に入ってからは、受験を視野に入れているため勉強に力を入れていました。高2の1月~3月には週に50時間ほど勉強をしていたのですが、やはり体力にも限界があり、燃え尽きてしまいました。当時は、とにかく勉強をしなきゃいけないと思い、それこそ1日中勉強しないといけないと思っていて、がむしゃらにがんばっていました。ずっと勉強をやっているとランナーズハイの状態になっていて、勉強をするのが一種の快感になり、目の前の勉強を必死にこなしていました。けれど、4月にはだんだん効率が落ちてきて、ゴールデンウィーク前には自分のエネルギーが切れて、2週間ほどは勉強を全くやることができませんでした。今から思うと、勉強のことだけにとらわれていて効率が落ちても勉強から離れて休めなかったことと、がむしゃらになりすぎてこまめな休憩をほとんど取らなかったからかなと思います。

ゴールデンウィーク以降は、しばらく勉強からはなれて家で休み、次に勉強のことは考えず友達と話すために高校に行きました。それから高校で30分勉強をしてみる、1時間に勉強時間を増やしてみる、疲れたらまた時間を減らす・・・という風にしていました。このときから自分の体調をじっくり観察しながら勉強をやることを意識することができるようになってきた気がします。ただ、自分を過信しすぎると自分が理解できる価値観以外が見えなくなってくるんだということもわかってきたので、自分で体調がいいと思っても、また悪くなる可能性も疑って行動するように意識して勉強しています。また、こまめに休息するように意識しています。
今は、勉強したらその時間の3分の1くらいは休憩を入れるようにしています。例えば30分勉強したら10分休むような感じでやってますが、まだ試行錯誤中です。気が向いたときでいいので、自分はこういう方法で休んでいる、などコメントくださると助かります。(本当に気が向いたときだけでいいですので^^)

文章が長くなってしまいましたが、読んでくださった皆様ありがとうございます。

(追記)以前コメントで、読者登録の申請をしていいかと聞いてくださった方がいましたが、読者登録は大歓迎です!たまにしか更新しないのにありがたいです。

こんにちは。皆様、お元気でしょうか?

いつもこのブログをごらんになっている方、感謝しています。


さて、先日、学校の授業で動物園に職業見学に行ってきました。

そこで説明があったのですが、動物園の運営の目的は、四つあります。

一つ目に、皆さんもご想像できると思いますが、お客様を楽しませるためです。

二つ目に、教育です。生態系の変化のことや動物園について、お客様にお伝えすることです。

三つ目に、動物の保護です。保護は目的のひとつなので、動物園には絶滅危惧種が多いです。

四つ目に、動物の調査・研究です。これは、裏で行われている仕事です。

また、他にも警備員さんや業者の方など、さまざまな人が関わっています。

見学前は動物園は娯楽施設だと思っていたのですが、見学をしてから、博物館の役割が主だということを教わりました。

そして、動物園で働いている方は皆、生き生きと輝いていました。

なぜなら、力仕事で臭いが気になる場合もあるため、本当に動物が好きな人が集まるからです。

私たちに説明をしてくださった方が、仕事を選んだきっかけを聞かれたとき、嬉しそうに語ってくださったことが印象に残っています。


読んでくださって、どうもありがとうございました。誤字、脱字などに気が付きましたら、コメントで教えてください。

私は、8月16日から22日の間に、中高生対象のキャンプに参加しました。
6泊7日で、4日目と5日目に富士山に登り、それ以外の日は、ツリークライミング、
マス釣り、炊事体験、キャンプファイヤーなどの活動も行いました。

そのキャンプの内容は、楽しかったのですが、私にとってはつらいキャンプでした。
なぜかというと、私には、中学校の頃のある先生を尊敬していて、
その人は苦しんでいるのに、私は楽しんでいていいのか言う気持ちや、
その先生を傷つけてしまったことに中学校を卒業するまで気がつかず、
それに対する心の整理がつかないままに、忘れていきそうなことに対する不安、
そして、いじめられた苦しみ、うつ病の苦しみの記憶が自分の中から
こぼれ落ちていき、幸せ慣れして、苦しむ人に対して他人事のように
接するようになることに対する恐怖と焦りと闘っていたからです。

キャンプに参加しているメンバーやスタッフさん、特に私たち10人を
担当していたスタッフさんは、恐ろしく幸せそうに見えました。
私は小学4年生の頃受けていたいじめは、少し暴力などもありましたが、
何よりつらかったのは、周りに助けを求められなかったことです。
自分の苦しみは、誰も完全には理解できないと思い、私を
助けられる人は誰もいないように見えました。
本当に、逃げ場がなかったのです。
キャンプにいた人たちは、そんな誰にも助けてもらえないとしか
思えなかった私の苦しみなど露知らず、といった感じでした。
この苦しみを思い出し、でも誰にもわかってもらえず、私の
大切な先生も含め、苦しんでいる人もいることを考えていたので、
このキャンプの中で、私はひとりぼっちだと思えました。
こんな人たちの中で過ごしていると、今まで感じてきた苦しみが
すべて私の体から崩れ落ちていくようでした。

キャンプの間中、先生のことを何度も考えました。
私はこの苦しみを忘れたら、先生の苦しみも他人事に見えてしまう。
そして、いじめや差別などに苦しむ人の気持ちも、本当に理解できなくなってしまう。
そのことを思うと、本当に苦しくなりました。
その先生の苦しみを思い、何度も祈りました。
その中で私は、新しい気持ちを見つけました。
集団でいても、先生のことを忘れてしまうと思うと寂しかったのが、
一人で祈っていても、先生のことを考えると寂しくなったのです。
先生は、わたしの心の中に、いつまでも残っている。
私は、本当に、ひとりじゃないんだと。心から、思う事ができました。


富士山に登っている間は、無心になることができました。
でも、先生のことをちらっと思い出すと、少しの間だけ
苦しい気持ちを忘れていくことに対する悲しみも感じました。
けれど、肉体的に疲れてきたのもあって、
無心になるときのほうが圧倒的に多かったです。
九合目の山小屋に泊まり、次の日2時におきて頂上に向かって
登ったのですが、その時はすごく、精神的につらかったです。
何度も帰りたいと思いました。でも、このまま帰ったら家に帰った時に
周りの人に笑われるのが怖くて、結局泣きながら登りきりました。
まだ夜中だったし、高いのもあって、すごくすごく寒かったです。
軍手も一枚では足りなく感じました。
5時くらいに登頂したので、ご来光も見ることができました。
その時は、感動というより、「やっと終わった~」と思いました。
ペースが遅かったので、登り8時間、下り5時間かかりました。
(どちらも、五合目まではバスで行きました。)
下りも結構きつかったです。また、周りの子は高山病にかかった子もいました。
帰ってから筋肉痛がきついと私含め皆が行っていました。

このキャンプのテーマは、「一生もの」でしたが、私が見つけた一生ものは、
「苦しみ、喜び、感動、無気力など、感じた気持ちすべて」です。
このキャンプで感じた苦しみ、喜び・・・すべて、私の宝物です。
何年たっても、この気持ちを忘れたくない、と、心から思いました。


この、長くて下手な文章を全部読んでくださった方、ありがとうございました。
もしよければ、コメントを一言くださると、とっても嬉しいです。