2/19 | 怪談サークル とうもろこしの会

2/19

遅々として見通しの立たない「夢の貧乏脱出引越しプロジェクト」または「月末には家を追い出される問題」。
ホームレスへのカウントダウンがかなり差し迫ってきて
これが競輪場だったら「間もなく投票を締め切ります」のアナウンスとともに
音楽が異様に速いピッチになっているところだ。

以前にこの日記に書いた、新宿駅近くの格安物件。
2Kなのに驚くほど安い家賃で、ラファエロが住んでいるアパート。
いくつかの不動産屋を回ってみたところ
どんな部屋なのか、なぜ安いのか、という情報はかなり集める事ができた。
「……あそこはね、湿気。とにかく湿度が異常ですよ」
都庁のすぐ近くでアマゾンの奥地を再現したような湿潤地帯部屋らしく
まったくもって人の住む場所じゃない、と忠告する人はかなりの数にのぼった。
「入ったとたん、プールに潜ったみたいな気分になりますよ」
「押し入れを開けたら、モコモコした雲みたいなのでいっぱいになってて……それ、全部、カビだったんですって……」
キノコが生える四畳半は聞いたことがあるが、ここもかなりパンチが効いた部屋のようである。

しかしまあ、僕としても贅沢は言えない身。
「なんとか頑張ります!」と主張してはきたのだが
大家も不動産屋も
「テメエみてーなモヤシ野郎には、この部屋はサヴァイブできねーよ」
みたいな目でこっちを見るだけで、なかなか話が進まない。
僕だって数々の心霊スポットの修羅場を潜り抜けてきたんですよ!
まるで、話の最初の方でマッチョどもにナメられる、マスター・キートンの気分。

ていうか実際、大家も不動産屋も、自分の物件なのにめちゃめちゃにヒドい言い方をするのが凄い。
僕もけっこうな数の引越しをしているから、そんなの異例中の異例だということは分かる。
本当にヤバい部屋ではあるのだろう。

しかし、ヤバい場所だからこそ、特攻しなくてはならないのが怪談サークルの務め。
プライベートはそういうのとは分けたいとか、チャラい事を言う訳にはいかないのだ。
ここは敢えて火中の栗を拾う。
そう決意した僕は不動産屋に出向き
「……あそこ、借ります」
と賃貸の申し込みをかけてみた。
「借りるって……吉田さん、本当にあんなとこ住むんですか?」
不動産屋もマジでドン引きした様子だったが、そこは商売。
さっそく申込の確認を管理会社にかけてくれた。

すると、今まさに、内見に行っていた人が大家と面談をしているらしい。
せっかくの決意に水をさされた形になった僕が
「……大丈夫ですかね?」
不安げに尋ねたところ
「いや、絶対に大丈夫です。あんなとこ借りるような人なんて、今時、いる訳がありません」
そう力強く断言され、頼もしいと同時に「じゃあ僕ってなに?」と少しひっかかる。

とりあえず面談が終わらないと動けないから、と待つこと数分。
管理会社から一本の電話がかかってきた。
それをとった不動産屋の顔が、みるみる固まっていく。
どうしたのか、と見ていると
「マジですか!?」
突然、大声をあげて笑いだしたかと思うと
「吉田さん! 今の人に決まっちゃったって!」
ゲラゲラと拍手しながら、そんなことを僕に告げてきた。
まさかの展開。
ここにきて、ライバルに部屋をかっさらわれてしまったのだ。
ショック!
まあ、いい。
それはまあ仕方ない。
賃貸はつまるところ、縁によるところが大きい訳だから。
迅速に動かなかった僕がガタガタ言うことは出来ない。
しかしそれにしても、興味は湧いてくる。
「一体、どんな人が借りたんですか?」
まだ笑っている不動産屋が教えてくれたところによると
どうも、自衛隊のレンジャー部隊の人のようで
「野宿より快適じゃないですか!」とすっかりあの部屋を気にいってしまったとのことだった。
そして仕事柄、家には滅多に返ってこず
数々の装備品の荷物置き場として使いたいだけなので生活音も全くたてない
というのも、ボロアパートの一階部分に住む大家の琴線に触れたようだ。

まあ、そりゃ、その人が住んだ方がいいよ。
いくら僕がキートン気取りでも、現役のレンジャー部隊のサバイバル能力には勝てないって。
そこまでいったら悔しくはない。
悔しくはないが、それでも家が決まらない状況は変わらない。
というか、期限が差し迫った分、よりヤバくなっているとも言える。

さあ、果たして僕はホームレスを回避することが出来るのか否か。
もし来月になって、この日記も、とうもろこしの会の活動もパッタリ止んだとしたら
新宿中央公園の辺りを探してみれば、僕と会えるかもしれません。


とりあえず、今潜り込めそうなとこは
歌舞伎町の裏の方、ラブホテルがぎっしり詰まった地区の
住人がほとんど外国人、っていうアパートです。

ここに決まるといいなあ。