10/21その3
21日の夜に玉川温泉に着く。
ほぼ道路はしっかりしていたが
確かに冬季はちょっと来れねえなここ、という異界に通じてそうな道もちらほら。
そんな山道なのに、温泉に近づくにつれて路上駐車がどんどん増えていくのも不気味。
旅館自体も、独特の雰囲気。
湯治場というと鄙びた風情を思い浮かべるが、雰囲気としては病院。
チェックイン時、延々と事務所のオジさんから多種多様の注意を受ける。
外出から帰る際には、必ずアルコール消毒が義務付けられていること。
履き物も、中履き、外履き、自分の靴と3種類を使わされること。
看護師も常駐しているらしい。
衛生第一の理由は、他の湯治宿も何倍も客を収容していること
そのほとんどが、老人と、ガン患者などの重病人が多いからだろう。
院内感染と同じくらい、何らかの病気が旅館内感染したらシャレにならない場所なのだ。

玉川温泉といえば「ガンを治す温泉」として有名で
近代医療とは別の治療法を求めてやってくる人が多い。
というか泊まり客のうち、治療を期待するなんらかの患者が大多数だろう。
科学的な判断はともかくとして
塩酸が主成分の、超強酸性のお湯と
放射性のラジウムを大量に含む「北投石」による岩盤浴という
個性的すぎるツートップの浴法が、その説得力になっているのは間違いない。
もう真っ暗になってしまったので岩盤浴は明日にして、温泉の方だけ入る。
これも事務所のオジさんに事前に注意されていたのだが
「いきなり100%のお湯に入るのは止めておいた方がいい。50%に薄めた浴槽があるから、まずそこに入って、いけるかも?と判断したら始めて100%の方に入りなさい。ただし10分以上入ったら、とんでもないことになりますよ……」
「どんなことになるのですか?」と僕が恐る恐る訊いたが、オジさんはそれには答えず
「出る時は必ず、シャワーで全身についた温泉成分を洗い流すこと。特に脇の下と、手の平のエラ部分を丹念に丹念に。放っておくと火傷跡のような悲惨な水ぶくれが出来ます。玉川のお湯に入ったら逆に体調が悪くなったとは言われたくはないですから……あと言うまでもないでしょうが、普通の温泉のように顔をばしゃばしゃと洗うなどもってのほかですよ。目に入ったら……分かりますよね?」
などと、入ることを躊躇させるようなチェック事項を連ね続けていた。
客を怖がらせてんのか?
しかし決してオジさんが大げさに言ってる訳でも、意地悪をしている訳でもない。
天下のウィキペディアですら、この温泉の記述には注意書きを入れているほどなのだから。
曰く
※(注意)入浴中に顔をぬぐうと強酸性の湯が眼に入る。飲泉可だが、水で薄めて飲む、後で清水で口をすすぐか、ストローを使用して歯に付着しないように飲む(でないと歯のエナメル質が溶ける恐れあり)など、注意書きには必ず従うこと。
強酸性の湯は湯治においては人々の役に立つが、かつては田畑を枯らし、魚を殺す「玉川毒水」として恐れられてもいた。1940年に、玉川の中和を図るためこの酸性水を田沢湖に導入し、希釈して放流する事業が行われたが、その結果そこに生息していたクニマスなど多くの魚類が絶滅している。
調べれば調べるほど、本当に健康にいいのか疑問になってくる。
まあ文字通り、毒を以て毒を制すというか『フレディVSジェイソン』の要領で
大病に立ち向かうには毒温泉くらいがちょうどいいのだろう。
とにかく、入ってみよう。
宿泊客に渡されるパスカード(これも病院っぽい)を見せて温泉棟の内部へ。
オジさんはああ言っていたが、ここまで来て100%のお湯に浸からなければなんの意味もない。
理科の実験室で嗅いだような匂いに危機感を覚えながらも、湯の中へ。
あ、痛い。
まじでこれは痛い。
皮膚の薄い部分が悲鳴をあげるような、ピリピリと感電するような。
お湯自体はぬるぬるした手触りだが、いわゆる「美人の湯」なアルカリ性の泉質とは違う、体がはげていくような感触。
しかも温泉というには相当に温度が低いので、マジで薬品液に浸かっているような感覚に陥る。
確かにゆっくりとは入っていられない。
温泉のパブリックイメージである「ゆっくりつかってああ極楽、極楽」な気分は期待しない方がいいだろう。
どちらかと言えば、緊張感で張りつめた風呂である。
10分も我慢せずに出ることにする。
普通よりも静かに歩いたつもりだったが、動いた分の波が近くのお客さんにぶつかったらしく
「お兄さん……もうちょっとゆっくり歩いて……」
と苦悶した声で言われてしまった。
波紋だけでダメージを与えるというジョジョ気分を味わう。
もちろん自炊部に泊まったのだが、やはりここも気合が入っている。


長期間の滞在客が多いのだろう、ドアの外には食材の入った段ボールがでんと積まれている。
また、建物内部の作りや色合いも、なんだかやはり病院ぽい。
自炊場も、他の宿に比べて超清潔。
コインロッカー方式の冷蔵庫は始めて見た。
シンク下には個人用の食器や野菜などが置いてあるのだが
ここは週に何回か消毒タイムが設けられていて、大規模な殺菌作業が行われる。
その際には、食器も野菜も避難させないと容赦なく消毒液をふりかけられるらしい。



入浴後、自分の皮膚をくんくん嗅いでみると
それまで入った国見・乳頭各所の全ての温泉成分がはぎとられていて
代わりに懐かしい理科の実験の授業の記憶が蘇った。
分かった、これは塩酸の匂いだ。
ほぼ道路はしっかりしていたが
確かに冬季はちょっと来れねえなここ、という異界に通じてそうな道もちらほら。
そんな山道なのに、温泉に近づくにつれて路上駐車がどんどん増えていくのも不気味。
旅館自体も、独特の雰囲気。
湯治場というと鄙びた風情を思い浮かべるが、雰囲気としては病院。
チェックイン時、延々と事務所のオジさんから多種多様の注意を受ける。
外出から帰る際には、必ずアルコール消毒が義務付けられていること。
履き物も、中履き、外履き、自分の靴と3種類を使わされること。
看護師も常駐しているらしい。
衛生第一の理由は、他の湯治宿も何倍も客を収容していること
そのほとんどが、老人と、ガン患者などの重病人が多いからだろう。
院内感染と同じくらい、何らかの病気が旅館内感染したらシャレにならない場所なのだ。

玉川温泉といえば「ガンを治す温泉」として有名で
近代医療とは別の治療法を求めてやってくる人が多い。
というか泊まり客のうち、治療を期待するなんらかの患者が大多数だろう。
科学的な判断はともかくとして
塩酸が主成分の、超強酸性のお湯と
放射性のラジウムを大量に含む「北投石」による岩盤浴という
個性的すぎるツートップの浴法が、その説得力になっているのは間違いない。
もう真っ暗になってしまったので岩盤浴は明日にして、温泉の方だけ入る。
これも事務所のオジさんに事前に注意されていたのだが
「いきなり100%のお湯に入るのは止めておいた方がいい。50%に薄めた浴槽があるから、まずそこに入って、いけるかも?と判断したら始めて100%の方に入りなさい。ただし10分以上入ったら、とんでもないことになりますよ……」
「どんなことになるのですか?」と僕が恐る恐る訊いたが、オジさんはそれには答えず
「出る時は必ず、シャワーで全身についた温泉成分を洗い流すこと。特に脇の下と、手の平のエラ部分を丹念に丹念に。放っておくと火傷跡のような悲惨な水ぶくれが出来ます。玉川のお湯に入ったら逆に体調が悪くなったとは言われたくはないですから……あと言うまでもないでしょうが、普通の温泉のように顔をばしゃばしゃと洗うなどもってのほかですよ。目に入ったら……分かりますよね?」
などと、入ることを躊躇させるようなチェック事項を連ね続けていた。
客を怖がらせてんのか?
しかし決してオジさんが大げさに言ってる訳でも、意地悪をしている訳でもない。
天下のウィキペディアですら、この温泉の記述には注意書きを入れているほどなのだから。
曰く
※(注意)入浴中に顔をぬぐうと強酸性の湯が眼に入る。飲泉可だが、水で薄めて飲む、後で清水で口をすすぐか、ストローを使用して歯に付着しないように飲む(でないと歯のエナメル質が溶ける恐れあり)など、注意書きには必ず従うこと。
強酸性の湯は湯治においては人々の役に立つが、かつては田畑を枯らし、魚を殺す「玉川毒水」として恐れられてもいた。1940年に、玉川の中和を図るためこの酸性水を田沢湖に導入し、希釈して放流する事業が行われたが、その結果そこに生息していたクニマスなど多くの魚類が絶滅している。
調べれば調べるほど、本当に健康にいいのか疑問になってくる。
まあ文字通り、毒を以て毒を制すというか『フレディVSジェイソン』の要領で
大病に立ち向かうには毒温泉くらいがちょうどいいのだろう。
とにかく、入ってみよう。
宿泊客に渡されるパスカード(これも病院っぽい)を見せて温泉棟の内部へ。
オジさんはああ言っていたが、ここまで来て100%のお湯に浸からなければなんの意味もない。
理科の実験室で嗅いだような匂いに危機感を覚えながらも、湯の中へ。
あ、痛い。
まじでこれは痛い。
皮膚の薄い部分が悲鳴をあげるような、ピリピリと感電するような。
お湯自体はぬるぬるした手触りだが、いわゆる「美人の湯」なアルカリ性の泉質とは違う、体がはげていくような感触。
しかも温泉というには相当に温度が低いので、マジで薬品液に浸かっているような感覚に陥る。
確かにゆっくりとは入っていられない。
温泉のパブリックイメージである「ゆっくりつかってああ極楽、極楽」な気分は期待しない方がいいだろう。
どちらかと言えば、緊張感で張りつめた風呂である。
10分も我慢せずに出ることにする。
普通よりも静かに歩いたつもりだったが、動いた分の波が近くのお客さんにぶつかったらしく
「お兄さん……もうちょっとゆっくり歩いて……」
と苦悶した声で言われてしまった。
波紋だけでダメージを与えるというジョジョ気分を味わう。
もちろん自炊部に泊まったのだが、やはりここも気合が入っている。


長期間の滞在客が多いのだろう、ドアの外には食材の入った段ボールがでんと積まれている。
また、建物内部の作りや色合いも、なんだかやはり病院ぽい。
自炊場も、他の宿に比べて超清潔。
コインロッカー方式の冷蔵庫は始めて見た。
シンク下には個人用の食器や野菜などが置いてあるのだが
ここは週に何回か消毒タイムが設けられていて、大規模な殺菌作業が行われる。
その際には、食器も野菜も避難させないと容赦なく消毒液をふりかけられるらしい。



入浴後、自分の皮膚をくんくん嗅いでみると
それまで入った国見・乳頭各所の全ての温泉成分がはぎとられていて
代わりに懐かしい理科の実験の授業の記憶が蘇った。
分かった、これは塩酸の匂いだ。