第47回「ホントは怖い!ジャンプ黄金期」 補足記事 | 怪談サークル とうもろこしの会

第47回「ホントは怖い!ジャンプ黄金期」 補足記事



「ホントは怖い!ジャンプ黄金期」

の内容にからんで、手塚賞関連をチェックしてみました。

調査場所は現代マンガ図書館さま。
「あれを語っておけばよかった!」という情報もチラホラありました。
まあ、旅行の途中で渋滞したからっていきなり車内で始めた収録だから仕方ないですよね。
ああ、言い訳だよ!

さて、後半で話した手塚賞
朝日新聞社の手塚治虫文化賞ではなく、集英社の新人賞の方。
今年で40年目。38回を数える週刊少年ジャンプの新人賞ですが
今までたったの15人しか受賞者を出していません。
と言っても、ギャグ漫画部門の赤塚賞にいたっては、たったの5人しか入選者がいないのですが……
(しかも1990年から現在まで20年も入選なしですよ)

さて、手塚賞の歴代受賞者の中でも、ラジオでとりあげた ~’85年までの人たち。
彼らの情報の補足を、ここに載せておこうと思います。
ああ、ラジオだけで伝える技術がないからだよ!

※現代マンガ図書館は「無断での筆写禁止」のため、記述に関しては吉田の記憶頼りであり、
 つまり微妙に間違ってる可能性が高いです。
 またもやあんまりな言い訳ですが、親切な皆さんなら許してれますよね?


まず1972年上半期
初代(といっても発足から3期目でようやくの)入選作
中本繁『ガラガラウマウマ』
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のっけから見つかりませんでした……。
これが載った号が、現代マンガ図書館には欠本だったのです。
残念。
しかし収録中には分からなかったけど、これ
『ドリーム仮面』の人だったのか!
大泉実成『消えたマンガ家』3巻でとりあげられてた、あの人!
確か、大泉実成からは「ダウナー系ドラッグのようなマンガ」と形容されていたような……。
(『ドリーム仮面』は太田出版から復刻しております)

そして今でも引き続き
非常にファンシーな絵柄の、夢っぽい不思議なギャグマンガを描いており
現在ネットにて新作も公開されております。
初代手塚賞入選者であありながら、今は商業マンガから一切手をひいているため
いわゆる「消えたマンガ家」とも呼ばれる人でもありますが
いまだに専業ではなくとも作家活動を継続している人ので、この呼称は適切ではないですね。


そして2年後の’74年上半期
諸星大二郎『生物都市』
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これは著者の多くの作品集に入っているので、読んだ方も多いと思います。
昔のエヴァのラストシーンの元ネタの一つでしょうか。
選評としては手塚治虫も含めべた褒め。
唯一、ちばてつやが
「もっと現代の機械文明の冷たさを描ければ良かった」
ていうチクリ感を出したくらいか。
また
「あまりのストーリーの完成度の高さゆえに、とても無名の新人の作品とは思えないとして、先行するSF作品の中に類似のものがあるのではないか、盗作なのではないか、などと選考員だったSF作家の筒井康隆に疑問の声が殺到した」
(Wikipediaより)

といったエピソードも有名ですが、確かに
「これがオリジナルなら本当に大したものだ」
という牽制ともとれる筒井先生のコメントを読むことも出来ます


翌年’75年上半期
星野之宣『はるかなる朝』
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またもやけっこうなハードSF作品による、2年連続の入選者登場。
アトランティス大陸に材をとった伝奇SF。
物語の設定が1908年のシベリアで起きたツングースカ大爆発に繋がっていったり、
「眠れる美女」のモチーフ=女性への神格化すれすれの憧憬、みたいに
現在の作者のエッセンスが凝縮されているようにも感じます。

この諸星・星野の盟友二人はその後、SFを軸にしながらも民俗学や古代史に材をとるような作風になっていく訳です。


さらに翌’76年下半期
小池桂一『ウラシマ』
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またもやSF作品が受賞。
タイムパラドックスもの。宇宙人ではなく未来人とのコンタクトが趣旨の作品です。
やはり御大二人に比べると絵もストーリーも個性がないか?とも思いましたが、
しかし受賞時の年齢がなんと16歳!
ということで、さすがにすでに社会人だった諸星・星野と比べるのも酷か。
「この若さでこのラストはすごい」と褒められていましたが、確かに。
ストーリー構成としてすごい、という訳ではないけど、16歳であのラストを描くかあ、というすごさ。
現在の作者の世界観にも繋がっていそうです。
さて、現在も作者はコミックビーム誌にて
『ウルトラヘヴン』という通好みのマンガを不定期連載中です。
ドラッグによる酩酊・混乱の映像化を目指したような作品らしいですが……

$怪談サークル とうもろこしの会『ウルトラヘヴン』
うわーお

※ちなみに、同期の赤塚賞は、コンタロウ『父帰る』でした。
 『1・2のアッホ!!』の前身の作品みたいで、これも面白かったです。


ここから間があくこと5年、’81年下半期
野村繁裕『ラスト・スパート』

この方は、もうマンガ家としての活動はしてないみたいです。
内容としては、先行する入選作とはガラリと違う青春もの。
当時の不良文化を受けつつ、映画『長距離ランナーの孤独』に影響されているような気もしました。
「セリフが生きている」という選評(ちばてつや?)でしたが、確かに。
そしてなにより「絵は荒い!けど、ものすごい熱意あふれる描き込み!」という印象の作品。
タイトル画面なんて、遠景の木々や草まで緻密に描きこまれていて、たぶんマンガの風景描写としてはダメダメなんだろうけど、でもやっぱりその熱意に圧倒されます!
作者コメントがまた、ツッパってていい。
「こんなショボい作品でいいのか、と思った方はぜひお叱りの手紙をください」
新しいタイプの新人が台頭していく時代を感じさせますね。


最後になります。
4年あいての‘85年上半期
岸大武郎『水平線にとどくまで』

ラジオの中でも一番フィーチャーした人ですね。
いわゆるSFジュブナイル。
未来世界の日本での、ある夏の日の少年の成長物語っていう感じ。
完成度も高いし、こちらをキュンキュンさせる感受性の高さも感じます。

感心したのが物語の冒頭、主人公が家にいる時点では
あえて現代劇のような普通な見た目で進めておきながら
勉強のサボタージュでお母さんから逃げて、主人公が街に飛び出したて
そこで突然のように超科学都市が遠景ショットで描かれることにより
「ああ、これって未来の世界の話なのか!」と読者がいきなり了解するという
この構成の妙!
コマ割も個性的で独特のスピード感と静謐感を醸し出してるし
主人公の感情描写も、ちゃんと映像やモチーフを使ってうまく説明してる。
これでデビュー作とは……。

そんな感動もあったため、この人については短編集も読みました。
『21世紀の流れ星 -岸大武郎短篇集1-』

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いい!
思春期一歩手前の子供たちの淡い感じを描くのがうまいです。
最初の頃の岩井俊二みたいな感じか?
今でいうジャンプ的なものとは違いますが、スタイルが確立するまでのジャンプが孕んでいたし目指そうとしていたものが確かにあるような、そんな気がします。
端的に言うと、みずみずしさがみなぎってる感じ。
時代性もあるでしょうが、やっぱりある時期からのジャンプは他誌に比べても、等身大の男子のみずみずしさを描くことは断念した気がします。

さて、具体的な作品ですが
1『水平線にとどくまで』は上記の通り。
2『SOS! ムシムシ探偵団』:
昆虫がほぼ絶滅しかけた未来、ある小学校の昆虫研究部の話。
顧問の女の先生はじめキャラクターが素晴らしい。絶滅したはずのカブト虫を追うという、これも「SF:ある夏の日の少年の成長物語」。
この時代はこういう空気感が流行っていたんだろうな。
今さらなんだろうけど、エヴァンゲリオンの「終わらない夏・成長しない少年」という設定って、こういうSFへの反抗なんだということに気付きました。

3『方舟』:
これも良質なSF短編。本作の中でいちばん大人な作品です。
絵柄が思い切り、シリアス作品の時のとり・みき。これも時代性なんですかね。

4『21世紀の流れ星』:
デビュー前のとおぼしき表題作。これも最初の2作品と同じテイストのSFジュブナイル。
荒さも含めて、いいわー。
特に最後のチューブ型の道路を主人公たち3人のエアカーが走るシーンがグっとくる。
普通にやったら学生自主映画なんかでさんざんあるような「仲間との高速道路ドライブシーン」なんだけど
「しなくてもいいスピード違反をわざわざしてる」ってディテールと
それでいて遠景の積み重ねで描いてるっていう抑制のおかげで、ベタなのに嫌みじゃない。
やはりセンスに支えられた上手さがある作者のようです。

マジで『恐竜大紀行』『てんぎゃん(南方熊楠の伝記マンガ)』読みたくなりました。
現在も作品を発表されているようで、応援したいですな!




まとめ:
~’85年、岸大武郎までの手塚賞を振り返ってみました。
(現在では活動されていない野村繁裕さん以外を)ズラっと眺めてみて興味深いのが
全てがSF臭の強いこと
諸星・星野・岸がそれぞれ、SFから出発しながらも民俗学や伝奇ロマンに傾倒していくこと
(星野の「宗像教授シリーズ」は正確には古代史研究ということですが)
そして中本繁が「ダウナー系ドラッグのよう」と評されるのに対応するかのように
小池桂一の現在の作品が、おそらくLSDなどのドラッギーな感覚を可視化した作品であるということ。

もちろん皆が皆、異常なまでに個性的ではあるのですが
これら入選者たちを僕なりの解釈で無理やりにまとめてみると
例えばニュー・エイジにあったような「SFとオカルトの融合」という
オウム真理教以前に日本に流れていたオカルト観に似ていなくもないでしょうか?

怪談サークルをやってる奴の見解ですから、正当とは言えないかもしれません。
でもこの当時は、手塚治虫という
日本サブカルチャー史におけるSFとオカルトの先駆者・牽引者が審査委員長だったのを考慮すると
それもメチャクチャな暴論ではないような気もするのです。

また、象徴的だと僕が思うのが
第35回で井上雄彦が『スラムダンク』の前身たる『楓パープル』で入選し
次の第36回にて手塚治虫が審査員から降りるという事実。
皮肉というかなんというか
それはちょうど、西村繁男編集長(1978年~86年に編集長)の方針から脱却して
後の1995年に653万部を達成する、いわゆる“週刊少年ジャンプ黄金期”の体制が確立され
バリバリと邁進し始めた時期だったような気もします。


現在は『ONE PIECE』という史上稀なマンモス作品が君臨する週刊少年ジャンプ。
手塚賞の変遷も含めて、その歴史を探ることは
日本文化の一面を探ることでもあるかもしれないと言えなくもないかもしれませんとも言えるでしょうか。


まあ、そんなこんなで、なんだかんだで、やっぱりジャンプは面白いわな。



※さらに追記

ラジオでも触れた、冨樫先生の文章を載せておきます。

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