9/27 | 怪談サークル とうもろこしの会

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「狂気の価値」という本を読む。

戦前から松沢病院に勤務していた、西丸四方という精神科医の本だ。新書だからか読みやすく、文章も軽くて明るい感じなのだが、症例の紹介が淡々とし過ぎてちょっと怖かったりもする。いきなり何の前振りもなしに「その後、自殺した」なんて言って、そのままフォローもなにもなく終ったり。意図的なところもあるだろうけど、著者はこの本の中で「狂気って割と良くない?」くらいのバイアスをかけている節もあったりして。狂気についての本という意味では、すごく、らしい本である。
元戦犯の大川周明についての記述が面白い。東京裁判で東条英機の頭をポカリ叩いたことから狂人と判断されて、死刑を免れた人だ。実際に梅毒が脳に入り込んでいたので仮病(佯狂というらしい)ではなかったそうなのだが。その後、収容中にたった一年半でコーランを全て翻訳してしまったり、それがまた出版されたりと、エピソードがいちいちキレていてる。
この本の白眉はなんといっても最終章の「佯狂」、つまり狂人を装うことに関する部分だ。
戦時中の頃、著者の同僚の精神科医が狂ってしまったことがあるという。ひどく興奮したりいきなり固まったり、「硬い、冷たい、鈍い、うつろな表情」を見ても明らかに狂気特有のものだった。精神病の診断がなされ、著者もそう確信していた。ところが戦後になって再会した折、当の同僚が「君はうまく騙されたね。僕は狂気の真似をしたのだよ」と大笑いしながら打ち明けてきた。あの表情を真似するのは不可能だろう、とも思ったが、議論することでもないので調子を合わせておいたそうだ。すると数年して、同僚はまた発作のような興奮状態に陥ってしまう。「医者である彼の父親があわてて鎮静剤を注射したところ、分量が多すぎたのか死んでしまった」という。
また、「昔は兵役を免れるために狂人の振りをすることが多かったが、これから徴兵制度が復活する可能性もあるので」という理由から、精神病のマネをする方法なども紹介していている。著者がどこまで本気なのかが判らない。自分から進んで病院に行ったらバレやすいとか、医者とのやり取りなどのノウハウを書いているのだが、やはり「あの硬い、冷たい、鈍い、うつろな表情」をマネするのだけは難しい、そうだ。
ちなみに著者は、精神病と絵画についての造詣も深く、草間彌生をいち早く評価した実績もあるそうだ。『狂気の価値』にも、名前は伏せてあるが、それらしき人が登場してきたりする。