9/19 | 怪談サークル とうもろこしの会

9/19

今日からシルバーウィークだ。


さっそく一人で楽しい休日を過ごそうと思う。最近の僕のお気に入りの趣味、隠れキリシタン探訪に出かけるのだ。

前にも紹介した川島恂二先生・著「関東平野の隠れキリシタン」によれば、新宿二丁目の“太宗寺”という寺には、なかなかに隠れキリシタンの痕跡があるという。

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ちょっと強引な解釈も見受けられる「関東平野の~」だが、ここ太宗寺に関しては、きちんと「キリシタン灯篭」というものが発見されているので、見当は外れていないだろう。

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そもそも太宗寺は、新宿を代表する内藤家の墓があるところだ。花園神社ほどメジャーではなくても、新宿の寺社の裏番長といってもよい。キリシタン灯篭も、内藤家の墓所から発見されたのだという。ならば、同じ墓地内に隠れキリシタンの墓があってもおかしくはない。

それでは調査を開始しよう!「関東平野の~」によれば、墓に祀られているのが隠れキリシタンの人だったのかどうかは、主に戒名で判断するそうだ。まずは戒名を見ていかなければならない。

いそいそと幾つもの墓の裏にまわって戒名チェックをする。キリスト教の禁止が解かれたのが明治5年なので、それ以降に亡くなった人は対象外だ。江戸時代に刻まれたものオンリー。始めはそんな古い痕跡が、こんな街中の墓地にあるのかと不安だったが、これが10個に1つの割合くらいで発見できるのだ。嘉永とか享保とか天保とか、どれが先でどれが後なのかサッパリ分からないけど、まあそれはいいや。とにかく江戸時代であればいい。江戸時代の隠れキリシタンの戒名を探すのだ。

この辺りは熱心にお参りする方々が多いらしい。目を見開いて墓々をぐるぐる回る僕に、何組かの家族から不安げな視線が向けられる。許してくれ、危害を加えたい訳じゃないんだ。一応、チェックする時には心の中で“すいません見せて下さい”と呟いているし、手は触れないようにしている。もうホント、墓の裏とか横の戒名を見てるだけなんすよ。気にしないで大丈夫なんです。刺すのは視線だけではない。墓地という土地柄か、まだ生き残っている蚊が多く、墓周辺で立ち止まる僕の血を容赦なく吸っていく。墓一つにつき一吸いの計算だ。

「こっちは足で回って調査している。大学で本に埋もれているバカ学者にとやかく言われたくない」川島恂二先生が本のはしばしで、ちょっと熱入り過ぎじゃないかというくらいにアカデミズム批判を繰り返していたのを思い出す。確かに、僕も実際に先生と同じことをやってみて、先生の労苦の万分の一ほどは体感できたような気がします。


しかし、なかなか隠れキリシタンらしきものを発見することは出来ない。もっと容易に見つけられると思っていた僕の中で焦りが生まれてくる。

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この“光”の上の部分だけど、普通はもっと横の二個のチョンチョンが斜めじゃない?こんなに横棒っぽくなってるってことは、これもしかして十字を表してるんじゃない?

とか


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この墓の横にある観音様、ちょっとマリア様の面影ない?

などの、君がそう見えるんなら、それでいいんじゃない?的なこじつけを脳内で起こしていってしまう。


しかし!そんなこじつけなものではなく!
墓を巡ること40、ついに隠れキリシタンらしき痕跡を発見できたのだ!



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戒名ではないが、隠れキリシタンの墓に特徴的である「、」があったのだ!隠れキリシタンウォッチャーの間では「、」は天を表すのは周知の事実である。そして入っている文字は「氏」。「氏」は「シ」の発音であり、つまりこれは「天使」を表しているのだ!


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戒名の方もよく見ると、「誉」の旧字体の上部分に十字架らしき痕跡が見える。これ単体ならちょっと弱いが、「天使」と合わせれば十分な根拠になるのではないだろうか!もうこれは、こじつけではない。ないよね?


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墓石自体は慶応二年に建てられたらしい。確かもう江戸時代の最後だから、この数年後にキリシタン禁止令は解除される。横に、昭和初期に隣接された同家の墓石があるが、そこには「氏」に「、」がない。


ね、ほら、どうよ?これも俺の理屈を証明してねえ?もうキリスト教が大丈夫になったから「、」つけるような工夫が必要なくなったってことだよ!はっはー!見つけちゃったね!俺!隠れキリシタン見つけちゃったねー!


ふと上を見ると、西の空が何カ月ぶりかというくらいに真赤に染まっていた。流れる風が半袖ではもう寒い。もう秋なのだ。秋の連休なのだ。皆はどうしているんだろう。家族で団欒したり、友達や恋人と旅行したりするんだろうか。楽しい連休を迎えているのだろうか。僕は一人で、新宿二丁目の墓場で墓石の裏に回って、変な文字があったといって、一人で小躍りして、過ごしている。

そうやって、過ごしている。