パスケース
けっこう前の話になるのだが、名刺入れを無くしてしまった。
そう書き出してみて、ふと、指が止まってしまう。
悩む。僕の持っている名刺入れは確かに商品名としては名刺入れなのは間違いない。でも僕の場合、普通の社会人みたいに名刺を配ったり貰ったりすることが極端に少ない。なので、はたしてこれを「名刺入れ」と呼んでいいいのか?という疑問が湧いてくるのだ。とりあえずムダに強烈な僕の負の自意識さんは「名刺入れという社会的にちゃんとしたアイテムとして呼ぶことは許されざること!断固拒否する!」と高らかに宣言して止まないのだ。
ということで、これは社会人ぶって名刺入れと呼ぶのを止めて、定期入れと言った方がより正確かつ誠実なのかもしれない。「ちょっと待て」あ、負の自意識さんがまた。「お前が定期券を使って学校に行ったり働いたりたりしたのなんてどんくらい前の話よ?今は定期的に通う場所なんてねえだろ?ごくたまに貧乏たらしく1000円チャージするだけのスイカが入ってるだけでそれを定期入れと言うのお前は?ちゃんと定期的に定期券使ってる人たちに対して恥ずかしくないの?」
ごめんなさい、もう定期入れとも呼びません。確かにこんなの、数百円入ってるスイカと、一回だけ入ったマンガ喫茶のカードと、ソクハイから貰った図書カードと、あとなんか八王子の実家近くの歯医者の診察券と、くらいしか入ってないただの黒い革製のパカパカです。名刺入れとも定期入れとも恐れ多くて呼べません。あとは使うアテも全くないけど、街を歩いてて突然「抱いて」と女の人に迫られた時のためにコンドームが2つ入ってます。だからもうコンドーム入れでいいです。黒革のコンドーム入れでいいです。はい決定ー。コンドーム入れで決定ー。やったー。ようやく本題に戻れるー。
けっこう前の話になるのだが、コンドーム入れを無くしてしまった。
よくやるポカなのだが、飲みの席にて酔っ払ってどこかにやってしまったようだ。まあどうせロクなものも入ってないからいいや、と諦めていた矢先、飲み会に出席していた人から連絡が入る。「僕が持って帰ってました!」とのこと。どうやら何かの拍子に、彼のバッグに僕のコンドーム入れが入り込んでしまったようだ。「すいません、すぐに持って行きます!」という彼に、いやいいですよと大人の対応をする僕。「どうせ必要なものなんて入ってないですし、いつでもいいですよ」。後日に受け渡しをすることになり、西武新宿駅で待ち合わせ。そこでコンドーム入れを返してもらう。再度「うっかり持っていっちゃってスイマせん」と謝る彼に、「いやいや、どうせ使わないものしか入ってないから大丈夫ですよ」と返す僕。そのまま別れて帰宅していったのだが、その途中でふと気がついた。
――どうせ必要ないものなんて入ってないですし……
――使わないものしか入ってないから……
そんなことを繰り返し言い続けた僕。あの中には、2つのコンドーム。もしかして、と僕は思った。僕は必死で「こんなコンドームなんて僕、ぜんぜん使いませんから!ピュアですから!」というアイアム・ノーセックス・アピールを繰り返していたのではないか?彼は思ったことだろう「こいつ、どんなアイドル気取りだよ」。違うのに。カマトトぶりたくて言った訳じゃないのに。あー絶対変な誤解されてるよー。もしくは「お前がやってようがやってなかろうがどっちでもいいよ。どうせやってないだろうし」と思われてるよー。もしくは「さりげなくコンドームを落とすことで経験者気取りですか?中学生の時にいたわ、そういう奴」という思いも生まれたかもしれないよー。
いや、普通に「キモい」と思われただけだな。