毎年、だいたいこの時期あたりに親父方の親戚と年に一回の会合を開催しているナイフとフォーク







いつしか店、それも店の席まで指定しての会合べーっだ!←指定は母上






店の名前を冠して『トラジ会』キラキラ





そう。



焼き肉の店、『トラジ』にて開催なのでニコニコ





アテクシも仕事と重なったりしてなければ、もしくはオフだったりしたら参加音符






今年は親父の退院祝兼ねての会。






なのに、アッシー役のアテクシ。






飲めない…しょぼん







今年はひたすら食に走った。






ふと頭によぎった事。







この中に…平日ではあったから、会社員ではあまり参加できないけれど、それでも、土日開催だったり、なにかのイベントと称して集まったりすると、従姉妹も旦那同伴になるわけで、アテクシもかつての元彼とつるんでいたら、一緒に参加していただろう…。





結構、アテクシの親にしろ、弟にしろ、従姉妹にしろキョーレツだからそこそこ根性座ったオトコじゃないと緊張するだろう得意げ






そんな中、元彼はかなり面の皮厚いから平気で酒飲んだりするだろうシラー






でね。





いつも母親と従姉妹や叔母の『お土産交換』を昔から見てきたアテクシ。





なんとなく、大切な人、特別な人に会う時なんかは必ずなにかしらのお土産を渡す。





たとえば、美味しいお菓子やお惣菜、ドレッシングや気になったもの、そういった日々見つけたものなんかをあげたいって思い、贈る。





でも…





従姉妹から聞かされたショックな言葉。






元彼に会う時、そんなおおげさなものではなく、小さなもの(接待が多く飲み事多かったからリゲインみたいなドリンク剤とか小さなショコラとかそれこそ大好きと言われたからプリンとか…)をお土産にあげたりしてたその行為が負担、重荷になっていた、なんて言われたショック!








アテクシは決して、彼からの見返りを期待してあげてたんじゃないショック!






心から食べてほしい、喜んでほしい、笑顔が見たい、ただその思いだけで贈っていたのに。






すべてを否定されたんだしょぼん






なにかをあげたい、してあげたいと思うアテクシは間違ってるんだろうか。






心の押し付けだったのだろうか。





愛情の押し売りだったのだろうか。






すごく悩んだ。






その答えはきっと出ないんだろうとは思う。






なぜなら相手がどう思うか、どう感じるかが判断基準だから…。






でも…心遣い、気遣いってどういうものなんだろう。





押し付けは確かに贈る側の自己満足って言われるかもしれない。






でも『してあげたい』という気持ちを忘れたら、冷血な人間になってしまいそう。






答えは出ないけど、アテクシはこの先も相手の喜ぶ顔、笑顔が見たいから変わらず、これまで母親がやってきたように『もてなし』の気遣いを持って、相手に接していきたいと思う。





















心の寂しい女にはなりたくない。