出産は命がけや~叫び

と思い知った34歳の冬の思い出……昇天

 

 

息子も、出産時のことを覚えていたのだ赤ちゃんぴえん

 

胎内記憶は4歳くらいまで覚えていると聞いていたので、3歳になる直前に何気に聞いてみた

お風呂に入った後、リラックスした状態で

 

私「〇ちゃんが生まれた時のこと覚えている?」

と明るく聞いてみる

 

 

すると息子は

 

急に目が泳ぎだし

 

動揺している

 

いつもおちゃらけキャラの息子がこのような動向をするのを見たことがない

 

もう一度目を覗き込みながら

「覚えているの?」

と聞くと

 

いきなり歯ブラシを手に取り(歯磨き大嫌いっ子なのに)

自分で磨き始める

 

表情も影が差して、明らかに穏やかではない

 

 

……ホントに覚えているのか!!

 

「苦しかった?」

 

と聞くと

 

歯ブラシを口に突っ込んだまま、頷く

 

「どうやって?」

 

と聞くと、腕を自分の首に絡ませる

こちらを見ずに、言葉も発する事もなく

泣きそうな顔になった

 

 

あ~……

 

 

私も死ぬほど苦しかったけど、

息子だって死ぬ思いだったよね

 

泣けてしまった

 

後日看護師さんに聞いたところによると、息子は陣痛時、心音が突然弱くなることが度々あったそうだ

 

推察するに

首に絡んだへその緒が苦しくて、自分の手でへその緒をつかんでしまい、酸素が来なくなる為に窒息状態になっていたのではないか、とのことだった

 

「本当に心配したんだよ

無事に生まれて本当によかった

この子は生命力が強い子だよ」

 

と言っていた

 

無事に生まれてきてくれて本当にありがとう

ギューッと抱きしめてあげたら、安心して、元の息子に戻りました

 

 

 

 

 

 

出産後の入院時に一番悩まされたのは、会陰切開の傷の痛みでした。なんてったって、一刻の猶予もない状況で、先生は一番出しやすいように切ったのだから……

その時は全く痛みなんて感じなかったですが。

 

 

後日他の先生に診てもらった時

「わー痛そうな切り方だね~、

でもまぁ仕方なかったんだよね。」

と言っていました。

 

それに加えて、もともと子宮口も半分しか開いていなかったところを無理やりですね……ってことはですよおいで

産道だって、完全に柔らかくなっていなかったでしょうねギザギザ

そこを赤ちゃんが猛スピードで通って行ったわけですドンッ

 

なので、産道部分も……もう重症打撲状態でした。

 

トイレに行くのにも、一歩踏み出すたびに

 

ヒィぃぃぃ無気力

 

ヒィィィ煽り

 

ヒィィィゲロー

 

って調子で、全然前に進めない。

 

「授乳に来てください」

って軽く呼び出されても

 

すぐそこにある授乳室が遥か彼方に感じる無気力

 

途中で看護師さんが気づいてくれて、車いすを持ってきてくれました

 

出産は本当、命がけです

 

 

自分が出産を経験してから

 

ニュースで

 

望まれない妊娠をしてしまった女性が

 

トイレやお風呂で一人で出産して

 

その後すぐに殺めてしまったり、置き去りにしてしまったりという痛ましい事件を耳にする度に

 

生まれてきた赤ちゃんの事を思うといたたまれなくなり

命を軽視している、許しがたい気持ち

そんなことは当然の感情で

激しく怒りを感じることに変わりはないけれど

 

 

ただ

 

その一人で出産した女性が

 

誰にも相談できず

 

どうすることもできず

 

一人トイレで苦しんで出産したのかと思うと

 

ものすごく切ない気持ちになる

 

 

あの苦しみを、一人で

 

誰にも励まされることも

 

喜ばれることなく

 

一人で

 

 

と思うと

 

胸が苦しくなる

 

 

誰かが

 

手を差し伸べてあげられなかったのかな

 

 

切なくなる

 

自分を心配してくれる家族や友人がいるって

 

とんでもなく幸せなことなんですね

 

 

朝6:14に息子が無事に誕生しました

 

無事に

本当に無事に生まれてきてくれてありがとう、

心から神様に感謝しました

 

混乱の中の出産で、当然夫はカメラを準備する事もなく。(せっかく新しく買ったのにね爆笑

助産師さんがクリニックのデジカメで、3人の写真を撮ってくれ、すぐにプリントアウトしてくれました

 

お化粧を落とさずにそのまま徹夜出産をしたぐちゃぐちゃ顔のワタシ

頑張って微笑もうとするけれど眉毛がハの字になって今にも泣きだしそうな夫

と息子怒り飛び出すハート

 

ウケる

 

分娩台で処置中、朝早くから主治医が様子を見に来てくれて、当直の先生と会話をしていた

「へその緒巻いてた?」

「はい、一重だけ」

と会話をしていた

 

直前まで逆子だった為、帝王切開の可能性があると言われていた

4年前に卵巣嚢腫の摘出手術を受けたのだが、卵巣ごとチョキンと切ってしまうのであれば

腹腔鏡手術でよかったのだが、出産を希望していた私は部分切除を希望した。

そのためには開腹手術をしたのだが

 

術後 死ぬほど痛かった無気力

 

 

リアルな痛みは忘れても

二度と開腹手術はご免だ

帝王切開も絶対無理だ

 

と強く強く決心したことだけは脳裏に焼き付いていた

 

だから毎日せっせと逆子体操に励んだ

その甲斐あって、息子はくるりんと向きを変えてくれた

 

 

きっとその時に、絡んだのかな~……

 

 

産後の処置が済んで、控室に戻る

 

ナース「朝食どうしますか?」

neco「えーっと……もらいます」

 

ここのクリニックは専属のシェフが食事を作ってくれて美味しいと評判だったので、興味本位で頼んでみましたが

分厚いベーコンとホカホカのトーストを見て、 絶対食べるの無理 って気づきましたオエー

 

 

夫に食べてもらい、私は横になりながら茫然と天井を眺める。

 

一体何だったんだろう……

何が起こったんだろう……

 

理解も追い付かず、気持ちも定まらず

晴れやかな気持ちになれない

 

自責の念が沸き上がってくるばかりで

 

 

出産をなめてたわけではない

でも覚悟もなかった

そんな中途半端な気持ちだったから

普通の分娩ができなかったのだろうか……

 

 

助産師さんが来て少し話をしてくれた

 

「大変でしたね。進みが早かったから辛かったね」

「necoさんは初産でここまで陣痛が早く進むってことは、次はあっという間に生まれちゃうと思うから、気を付けないとね」

 

 

そうだよね

いろんな人のいろんな話聞くけど、初めての場合、10時間以上格闘してるよね皆

 

 

それに

 

沢山出産話は聞いたけど

 

 

ワタシのようなケースは

 

 

 

聞いたことなかったなぁ~……

 

 

 

 

ナースがボソッと

「あ~今日、クリスマスイブだったね」

 

と言った

 

 

本当はもっともっとナースに聞きたいことはあったのだが、

夜勤明けで交代となってしまい聞きそびれた

 

だからますます自分の中で

???

が飛び交い、疲れているのに、ぐっすり眠ることができなかった