A calling (天職) ~ニュージーランド編~

 

第14話 「He is autism.(彼は自閉症だよ)」

 

 

日本を離れて6週間、ジェニーの牧場での仕事も今日で4日目となり、豚の世話やニワトリの卵回収は僕1人に任されるようになった。

 

一日の始まりは豚小屋の掃除からである。


この、朝一番の仕事で一番大変なことは、臭いとの戦いである。


豚小屋に到着する前に、糞の臭いが鼻につき、必ず嘔吐(えず)いてしまい、その後も、臭いに慣れるまでに、4、5回は嘔吐いてしまう。


豚小屋をきれいにしてエサをあげたら、自分が一番苦手としている、ヤギの乳絞りに向かう。

 

まだ慣れないヤギの乳搾りは、この牧場の主である、ジェニーが手伝ってくれることになっていた。


ヤギの乳は、仔牛に与える分は機械で搾乳し、私達が飲む分は手で搾っている。


初日よりかは上手に絞れてきたが、もう出ないと思って止めようとしたヤギから、ジェニーはさらに50~60㏄は絞り出していた。

 

しっかり絞らないと、乳を作る量が減ってしまうので、まだ一人では任せられないようだ。

 

ヤギの乳搾りが終わると、ジェニーは、14歳の娘のサニーを学校に送る時間となった。

 

残りの仕事である、ヤギのエサやりと、ニワトリの卵回収が終わったら、新しいフィールドを作るためのポール立ての続きをするようにと言い残し、1987年式フォードのピックアップトラックに乗って牧場を後にした。

 

ポール立ては、まず、50センチ程穴を掘り、そこにポールを立て、周りに土を戻してから、木槌で上から叩き、埋めていく作業である。

 

昨日はジェニーと2人でやっていたので、割とスムーズに出来たが、1人では、片手でポールを支えながら、片手でシャベルを持ち、土を戻していく。

 

かなりの労力と時間を費やしてしまった。

 

一つ目のポールが終わった頃に、ジェニーのピックアップトラックが、戻ってきた。

 

朝は8時から仕事を始め、10時近くに一度、小休憩を取っている。


時間的に小休憩だと思い、母屋の方に戻ることにした。

 

ジェニーに、

「I’ve just finished one pole. It was really hard work doing alone. (ちょうど、ポールを1本立て終わったところだけど、1人でやるのはかなりきついね)」

 

と、伝えると、

「Good boy. (よくやった)」

と、笑いながら答えてくれた。

 

すると、奥のソファに、自分と同じくらいの年代の青年が座ってテレビを見ていた。


すぐにジェニーが、ジョージだよって教えてくれたので、

「Hi Georg, I’m Tomo. (やあ、ジョージ。トモです。)」


と、自己紹介をすると、ニコッと笑ってくれたが、返答が無かった。


さっきまで笑顔だった、ジェニーが

「He is autism.(彼は自閉症だよ)」

と、教えてくれたが、全く理解していない自分の顔を見て、さらに

 

「He has something problem in his brain from his birth.(彼は生まれつき、脳に問題があるの)」


「Then, he founds a little bit problem in his communication.(それで、人とのコミュニケーションがちょっと取りづらいのよ)」

 

と説明してくれたが、まだしっかりと理解していなかったので、辞書で調べてみる事にした。

 

すると、自閉症と出ていた。

 

自閉症と言う言葉は聞いた事はあったが、実際に、どういう病気で、どういう症状なのかは、全く知らなかった。

 

「He can understand what you say, so talk to him.(彼はあなたが言うことは理解出来るわよ、話してごらん)」

 

と、言ったので、見ていたテレビを指して

「Do you like this TV program ?(この番組好き?)」


と聞くと

「No !(ノー!)」

 

と、大きな声を出して、そのまま、玄関に向かって走り出し、外へ行ってしまった。

 

ジェニーは笑っていたが、自分は、突然の事に、驚きを隠せずにいた。


ジョージが気になり、玄関まで行って、外を見てみると、駐車場の真ん中でポツンと立って、なにやら考え事をしていた。


どこかへ行ってしまう事はないと感じたので、リビングに戻り、

 

「He is just outside.(彼は外にいるよ)」

と、伝えた。

 

その後、ジョージは外で立ち尽くしたまま、

ジェニーはティーバックの紅茶、自分はインスタントコーヒーで一息入れてから、ジョージを連れて、3人でポール立ての続きに向かった。

 

ジョージと自分がそれぞれシャベルを持ち、新しい穴を掘り始める所から始めたのだが、どうも、ジョージは仕事をしたくなさそうであった。

 

「Dig up here, please.(ここを掘ってちょうだい)」

と、ジェニーが声を張り上げて言うが、ジョージは

 

「No!(ノー!)」

 

と、頑なに断り続けていた。

 

結局、1個目の穴は、殆んど自分が掘ることになった。

 

ポールを押さえるくらいはジョージにやらせようと、ジェニーが説得を続けるが、同じようにジョージは断り続けた。


しかし、10回ほどジェニーがお願いしたところで、ジョージは何も言わず、ポールを支えてくれた。

 

その後、穴掘りが自分、ポールを押さえるのがジョージと云う役割分担で、さらにもう一本、立てたところで、12時を回り、今日の仕事が終了となった。

 

そして、母屋に帰るやいやな、ジョージが、ジェニーに向かって、

「Sausage please! Sausage please! (ソーセージ下さい、ソーセージ下さい)」

 

と、言い寄っていた。

 

ジェニーが

 

「Yes, just a moment please!(はい、ちょっと待っててね)」


と、言うが、ジョージのソーセージのおねだりは止まらなかった。


ジェニーは、ジョージを半ば無視するように、自分に話しかけてくれた。

 

「Do you want some sausages with us ? (トモもソーセージを一緒にどう?)」

 

「Yes, please.(はい、お願いします。)」

と、答えると、ソーセージを6個、冷凍庫から持ってくるように頼んできた。

 

玄関脇に置いてある、人が3、4人は十分に入れるであろう大きさの冷凍庫を開け、表面が真っ赤に染められたソーセージを6本、ジェニーの所に持って行ったら、


「Oh,Tomo, These are saveloys, not sausages. (これは、サビロイで、ソーセージじゃないの)」

と、言ってきた。


「Sausage is more whity one, Tomo.(ソーセージはもっと白味がかったやつよ)」

と、教えてくれた。


どれのことを言っているのか、察しはついていたので、

「Ok.(分かった)」


と、言い、サビロイを戻し、同じ形をして、色が染まっていない、ベージュ色のソーセージを6本持って行った。


その日の、夕食後のジェニーとの英語の勉強の時間で、サビロイのスペルを教えてもらい、辞書で調べた結果、ドライソーセージの一種であることが分かった。


自分が、ソーセージを出してきている間に、ジェニーはジャガイモを2個、フライドポテトのサイズに切り、油で揚げていた。


毎週水曜日は、午前中から夕飯前まで、ジェニーがジョージを預かっており、その日のランチは、ジョージの大好きなソーセージとフライドポテト、そしてトーストと決まっていた。


ジェニーがフライドポテトを作っている間、自分が、フライパンでソーセージを焼き、完成。


牧場で育った豚で作ったソーセージは、最高に美味かった。


トーストに捲いて、ケチャップをかけたら、10個くらいは食べれそうだった。


ジョージのご両親も、隣町で牧場を営んでいるが、ジェニーは、自閉症やダウン症候群など、先天性の疾患を抱えた子供達の、社会性を育てることに定評があり、ジョージの他にも、数名の子供を預かり、牧場で仕事をしたり、海や山に連れて行ったりしている。


どうしてこのような仕事をしているのか聞いてみると、


「Of course for money. (もちろんお金のためよ)」

と、笑って言った。


しかし、その後、真面目な顔で、


「I used to find it difficult to have a conversation with others. (私も昔は人と話すのが苦手な時があってね)」


「I worked at restaurant once, but It didn't last long. (一度はレストランで働き始めたけど、それも長くは続かなかったわ)」


「So. I chose a truck driver as work. (それで、トラックの運転手になることにしたのよ)」


「However, when I met Georg, I was really happy to talk to him. (でもね、ジョージと初めて会った時、すごく嬉しかったの)」


「He didn't listen to others even his parents. (彼は誰とも何もしゃべらなかったの、自分の両親にもよ)」


「But,  he answered what I said. (だけど、私が話したことに答えてくれたのよ)」


「What did he say?  (ジョージは何て言ったの?)」


「He just said 'No' (ノー)」


二人で笑った。


その後も、10年以上に渡るジョージとの思い出話しを聞き、最後に


「Talking to people with disability is my calling.  (障がいを抱えた人と話しをすることが、私の天職なのよ)」


と、話してくれた。


その時は、良く理解しないまま、頷いてしまったが、後に、自分の小説の題名を決めるきっかけとなったフレーズであった。


第15話に続く