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「やっぱり先に寝てもらっていいか」
「どうかしたんですか?」
「原稿のラストを少し変更しようと思ってな」
「なるほど。分かりました」
「悪い、今日は久々に2人でゆっくりしようって言ってたのに」
「何言ってるんですか。遼一さんの作品、今回もすっごく楽しみにしてるんですから。
それに、作品に一切妥協しない遼一さんのこと本当に尊敬しています」
◯◯は敬礼のポーズをしておどけて見せる。
「この作品が完成したら、ゆっくり旅行でもするか」
「それは楽しみです。じゃあ、すいませんが先に休ませてもらいますね」
寝室へ向かいかけて「あっ」と言ってすぐに戻ってきた◯◯は、
「遼一さんのお仕事がうまくいきますように。でも無理はしないでくださいね」
そう言ってオレを強く抱きしめる。
「はい、おまじない完了です。ではおやすみなさい」
今度はオレの頬にキスをし、寝室へと向かった。
◯◯には敵わない。
いつだって書く「力」を与えてくれ、いつでもオレを満たしてくれる。
「◯◯さんのおまじないがあれば怖いものなしだねぇ。さぁ、もう一踏ん張りしますか」
1人になった静かな部屋で独り言ち、原稿と向かい合う。
◯◯がいつも読んだあとに浮かべる幸せそうな顔を思い浮かべてーー。
数時間後。
筆がのったオレは夢中で作品の手直しを終えた。
「もうこんな時間か」
気付けば、3時近くになっていた。
◯◯が起きないよう、そっとベッドの中に潜り込む。
すると…
「遼一さん、お疲れ様でした」
そう言って◯◯がしがみついてきた。
「お前、待ってたのか」
「へへへ」
◯◯は子供がイタズラがバレたときのような照れ笑いを浮かべる。
「先に寝てなさいって言ったでしょうが」
「寝ようと思ったんですが、ふと窓の外を見たら今日は月がとっても綺麗で。遼一さんと一緒に見たいなぁって思ったんです」
◯◯がカーテンをそっと開けると、蒼く美しく輝く三日月が空に浮かんでいた。
その優しい月明かりに照らされた◯◯は消えてしまうのではないかと思うほど、儚く美しくて、思わず肩を抱き寄せる。
「遼一さん?」
オレの顔を覗き込む◯◯はこう続けた。
「遼一さん、昔私が言ったこと覚えてますか?遼一さんと一緒に見る月は綺麗ですねって言ったのを」
「あぁ」
「あの時私が言ったことはやっぱり正しかったみたいです。さっき1人で見た月より、今見る月はずーっと綺麗です」
「お前ってやつは…」
月灯りに照らされ、少し頬を赤らめながら優しく微笑む◯◯はやはり美しくて儚くて。
けれど、確かなのは今、◯◯はオレの腕の中にいるということ。
何気ない日々の瞬間を一緒に生きているということ。
オレは◯◯を離さない。
鼓動が止むその時まで。
「原稿無事に終わりましたか?」
「あぁ、お前のおまじないのおかげだ」
「良かったぁ」
そう言って安堵の表情を浮かべる◯◯の目は今にも眠ってしまいそうなくらいに とろとろで
オレが終わるまで今日だけは寝るまいと、必死に起きていたことが容易に想像できた。
そんな◯◯の姿はなんともいじらしくて可愛いくて、抱きしめずにはいられない。
「ふふふ。私は幸せ者ですね。大ー好きな遼一さんと一緒に月を眺めることができて」
「◯◯さんのおかげで、オレもとびきり綺麗な月を眺められたからな。
◯◯…安心して寝なさいよ。ずっと傍にいてやるから。その代わり、このお預けの責任は明日の朝に…」
そんな想いを胸に◯◯を抱きしめる。
すると、愛おしい人の温もりにいいようのない安心感を覚え、知らないうちに眠りについたのだった。
外では蒼く美しい三日月がオレ達2人をずっと見守っていたーー。
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