今日は乙ゲネタは一切ありません。
アメンバー記事にしようか悩んだんだけど、私のブログ、最近はそんなに閲覧数も多くないので全体公開にします。
個人の想いを書いているだけですので、苦手な方はこちらで必ずお引き返しください。
それでもいいよという方は、どうぞお付き合いください☆
ということで改めてこんばんは☆
もう確実にクーラー病。
もう咳がとまらなくてマジでしんどい(ノ_・。)
旦那と寝る部屋を別にしようかと真剣に考え中笑。
来週から旅行やら帰省やらで忙しいので今週中に治したい・・・
みなさんも夏風邪は長引くのでどうぞご自愛くださいませ。
突然なんだけど、私にはすごく昔から好きな場所がいくつかあって。
まず1つは京都の嵐山にある仁和寺。(特に初夏)
仁和寺の庭園は初めて訪れときに、思わず息を飲んだのを今でもよく覚えてる。
何百年も昔の日本人が作り上げたその庭はもう圧巻。
ただ、何もせず静かにそこに何時間でもいたいという衝動に駆られるんだよね。
そしてもう一つは広島の平和公園。
あの平和公園は、市内なのに周りに高い建物がないから、空がすごく高く高く青く澄んで見えるから昔から好きで。
でも旦那の実家は広島だけど、そこから遠く遠く離れたところ。
だけど、私がそこから見る空が好きなので子供ができる前はかなり遠回りして帰ってもらったこともしばしば。
その私が好きなその場所は、今から70年前の今日、世界で初めて原子爆弾が落とされた場所です。
今日のような日は改めてちゃんと考えなあかんなぁと思うわけです。
ちょっと数日前に悶々とする出来事があったんだけど、昨日ある方のブログを読んで私も書こうと思ったので今日は真面目な話です。
私が大好きだった祖父は戦争経験者で幼いころからよく戦争の話は聞かせてくれたんだけど、数年前に他界。
そして今日テレビでも言ってたけど、被爆されて現在ご存命の方の平均年齢は80歳なのだとか。
戦争・原子爆弾について経験された方のお話を聞ける機会がすごく少なくなってしまっているのが現状。
数年前、仕事で長崎の資料館に訪れたとき、原子爆弾を直接体験された語り部さんにお話を伺うことができて(現在では語り部さんも2世、3世さんが多くなってる)、涙がつーって流れてきた。
その方が教えてくださったのは、もちろん原子爆弾の脅威、どれだけの被害があってどんなにみんなが苦しんだか・・・
でもそれだけじゃなかった。
戦争が終わってもずっと苦しみは続いたこと。
被爆したことで「うつる」と言って差別されたこと。
後遺症に苦しんだこと。
両親が死に食べるものもろくになく、体中にうじ虫がわいてしんどくてたまらなかったこと・・・などなどだった。
ショックだったのは、戦後、これらの理由で生きていくことを苦にして自殺者が後を絶たなかったことだ。
そして、その方の話を聞いて、私は何にも知らないんだなぁということを痛感。
もっと色々なことを知らなきゃいけないし、今日聞いた話は忘れたら絶対にあかんと思うぐらいショッキングな話で。
だからその方のお話をもとに仕事でシナリオ書いてお芝居もつくり、子供が大きくなったら絶対に伝えようと思った。
でも、情けないかな、数年たって忘れてることも多くて。
昨日、ある方のブログでお話を読んで思い出したのよね。
だから、今日のブログは誰かに私の考えを押し付けたいとかそんなんじゃなくて自分のため。
冒頭で悶々としたことがあったって書いたけど、数日前「白旗の少女 琉子」(沖縄戦の話)という映画を地域の子供たちと見る機会があったんだけど・・・
あの映画が作られたのはもちろん、もう30年近く前の話。
当たり前だけど、描写の仕方が今のアニメのような描き方と違うんだよね。
そしたらね、絶対笑えない場面で、笑いが起こるの。
お母さんのどあっぷの顔が面白いって・・・
それは子供を亡くしたお母さんがショックで白目になって悲しみにくれてる顔。
子供たちにしたら、ホントに悪気ないのよ。
ちゃんと考えなあかんっていう映画だってことも多分分かってるから真面目に見てた。
でも、笑いが起こる場面が何回かあってそれがショックで悶々とした。
あそこで笑っちゃうかなぁ・・・って。
こういうアニメも現代の子用にリメイクしなおさなアカンのかなぁ(ただ、悲しいかなお金にならないからリメイクはなかなかされないらしい)と思うと同時に、
でも敢えて、昔作られた映画をしっかり見てほしいとも思うし。
原爆・戦争を直接体験された方が減っている中、どうやって今の子供たちに伝えていくかも考えないとなぁなんて思ったり。
もちろん、そのためには自分が知らなきゃいけないのが大前提で。
私が今日久々に読み返した絵本は
「大人になれなかった弟たちに」 (米倉斉加年さん)
というもの。
昔、教科書でご覧になられた方も多いのでは。
昨年亡くなられた俳優の米倉さんがかかれた絵本。
歳を重ねるごとに読めば読むほど涙がでる。
米倉さんがどうやってこの絵本をかかれたかの後日談を別の雑誌で読んで涙したのをすごく覚えてる。
死んだ弟をおぶって帰る描写があるんだけど
「空は高く高く青く澄んでいました」
っていうところがあって。
私が好きでよく見上げる広島の高い空をどんなお気持ちで見つめられてたんだろうなぁと読むたびに思います。
ということで、何度も言いますが、これはどなたかに気持ちを押し付けたくて書いたのではなくて、
自分のために書きました。
人によって想いは様々だと思うので気分を害された方がいたらごめんなさい。
私が子供の頃に比べて、テレビでの特集も減ったと思う昨今。
これもお仲間さんに教えてもらったんだけど、今日広島カープの選手が「86」の背番号を全員で背負って試合に出た(私もテレビ見て感動した)ということに深く感動しました。
平和がいつまでも続きますように・・・
最後までお付き合いいただきありがとうございました。