独り身で両親が遠方にいると、入院前の同意書とか、まず書類で挫折しそうでしたゲッソリ

手術することを決めた時、妊娠 出産はこの先、縁がなさそうなので、母には全摘する意思を伝えていました。

それでも、入院の前、手術の同意書など見せ、記入を願うと母は号泣あせる(これは手術の前日まで続いた)
やっと、現実だと理解したみたい。
ご近所の高年出産のポジティブな情報は、私にも適応すると思っている。

婦人科に入院して感じたのは、そもそも出産が奇跡であるということひらめき電球

わが母の世代は特に、
「生理があるうちは授かることができる」
「子宮をなくす=女でなくなる」
という想いを私たちの世代より遥かに大きく抱いているようです。

私が常に思っていたことは
「孫をみせられなくてごめんねショボーン」と
娘として、フツーの幸せを感じさせてあげられない  うしろめたさ。

けど、この13年間、なにもなかった。

私は13年主人を想い続けることで、生きる意味を見出していた。

そんな私を今まで何も言わず、見守ってくれていた両親。
娘が子宮をなくすことを受け止めてくれた。
そして「誰かいいひとを連れてくるのを待っていた」と言われた。
本当にごめんねショボーン


いよいよ入院の手続きのため、入院センターに行くことに。
また、そこで涙を見せてしまい、心配して下さった様で「納得されるまで、手術しなくてもいいんですよ」とセンターのナースに主治医への相談を優しく促される。

自分の決心がぶれそうになるガーン

だけど、これまでの事を思い返し、手術への決心は揺らぎませんでした。

主治医の先生は現実をいつもフラットに伝えてくれていました。

その時は、子宮摘出への意見を「もう少しどちらかに偏ってていいのに!」と思っていました。
温存すべき❓摘出すべき❓どっちがいいの⁉️と。

きっとどちらを選ぶかは患者の気持ち次第なんだと思いましたおねがい
命に別状はなく、生理もいつかこなくなるから。

子宮という臓器は妊娠するためにあると言われた。その通り。勉強の為に持っていた解剖生理のテキストにも気持ちや感情のことは書いていない。

淡々と説明をされる。
手術しない選択をすれば、筋腫によるつらい症状は継続。
今後の筋腫核摘出の場合の再発の可能性。
子宮がんの心配がなくなる。
妊娠ができなくなる。

これらの条件を並べてみて、これからの生き方を問われている気がしました。
だから、悩んで悩んで、自分で決断しなければならないんだと痛感しましたショボーン
後悔しないように。
自分の身体だから。

説明の時に心無い様にもきこえた「妊娠するための臓器」という言葉は、最終的に私の心を楽にしてくれた気がします。

持っていれば、相手がいれば妊娠できたも・・・なんて夢を見つつ、自分を責めつづけたかもしれないチーン

でも、今はないんだから、考えたってできないものはできない‼️

術後に喪失感を感じた時期もあったけど、考え込んでも、後悔しても仕方ないと感じていますニコニコ