お店は日曜の夜にしては混んでいた。久実ちゃんが予約してくれていたので、私たちは個室へ。

「えーと、今日は……八海山の純米大吟醸。あとこれと、これください」

 程なくお料理とお酒が運ばれてきた。

「お疲れ様ー、かんぱーい。それで?久実ちゃん何か相談事があるんでしょ?」

「そうなんですよ。実は彼氏と最近すれ違ってばかりで……」

 か↑れしじゃなくてか→れし。

「私も彼氏のことが好きなのか分からなくなってきちゃって。もちろん彼氏の気持ちも分からないし。このまま自然消滅しちゃいそうで」

 女の子の相談事の多くは、本人の中で答えが決まっていていることが多い。それに共感して背中を押してあげればいいだけ。

「久実ちゃんは自分の気持ち分かってるはずだよ。私に相談するくらいなんだから。よーく考えてみて。彼氏さんとのことどう思ってる?」

「んー……やっぱり好きです。別れたくないです」

「だよね。だとしたらしなきゃいけないことは一つ。なんとか時間を作って、自分の今の気持ちを伝えて、彼氏さんの気持ちを確かめるの。もし彼氏さんの気持ちが冷めてしまっていたらまた一から始めたらいいと思う。でもたぶん彼氏さんもどうしたらいいか困ってると思うよ」

「なるほど。一言お悩み相談室でも思ってましたけど、ミオさん恋愛の達人ですね。今好きな人いるんですか?」

「うん、いるよ」

「えっ、相手は?」

「好きって言ってくれてる。今はちょっと遠くにいるけど」

 久実ちゃんは個室なのに、小声になった。

「それってマズくないですか?アイドルって恋愛禁止なんですよね?」

「それは違うよ。私も前はそう思ってたけど、間違いだって気づいた」

「えっ?どういうことですか?」

「久実ちゃん、アイドルに必要な才能ってなんだと思う?」

「かわいいとか歌が上手いとかダンスが上手いとかですか?」

「かわいいだけならモデルになればいい、歌が上手いなら歌手に、ダンスが上手いならダンサーになればいい。しかも私みたいに歌やダンスが下手な子でもアイドルは続けられてるよ」 

「えー、そしたらなんだろう?演技力?」

「演技力があるなら女優になるべきだよね」

「愛嬌とかファンサ、コミュ力ですかね」

「惜しい。アイドルはね、ファンに愛されて、そのファンを愛し返さなければならないの。愛されて愛し返す、つまり両想い。これって恋愛関係って言えるんじゃない?」

「そうですね、確かに」

「アイドルに必要なのは恋愛する才能なの。稀にかわいいだけでアイドルになれちゃう子もいるけど、ファンは愛されていないと思ったら離れていっちゃう。恋愛できないアイドルは長続きしないの。よく恋愛すると女の子はかわいくなるっていうでしょ?ファンみんなと恋愛できるアイドルはどんどんかわいくなっていって光り輝くの。だから周りと区別がつかないなんてこともない。」

「あれ?そうしたら恋愛でクビになった子はどうなんですか?」

「うん、その子ももしかしたら才能があったかもしれないけど、その子はアイドルとして一番やってはいけないことをやってしまったの」

「何ですか?」

「それは、恋する気持ちに差があることを知られてしまうこと。他の人より愛されていないと知ったファンとの恋愛は成立しなくなっていくの。そうなったらそのアイドルはおしまい。『別れました』『反省していますもうしません』って言って丸坊主にしてもダメ。ファンはもう恋してないんだから。そうなったら許される方法は二つだけ。最初から恋愛オーケーのグループに入るか、卒業してアイドルを辞めるか。ニジドリは恋愛禁止だから、私は『本当はこの人が一番好き』って気持ちを他人に絶対悟られないようにしてる。周りにも自分の心にも嘘をついて、かろうじて生き残ってる。きっともうじき限界が来ると思う」

「アイドルの世界って壮絶なんですね。かわいい子が集まって歌って踊ってればいいんだと思ってました。白鳥といっしょなんですね」

「うん、アイドルの場合白鳥より原子力発電所かな。輝きを作り出すために頑張って、心の中では普通では耐えられないようなとんでもないことが起きてる。その点ニジドリの有希ちゃんって子のように太陽みたく光り輝いている子は、努力しなくても光り輝くの」

「そんな世界で今まで続けてこられたミオさんはスゴいですよ。アイドルの達人です」

「そうかな」

「そうですよ。仮にミオさんが原子力だとしても、原子力ってコントロールするのにものすごい技術が必要なんですよ。コントロールしきれなくて暴走させちゃう子もいる中で、ミオさんはちゃんとコントロール出来てるじゃないですか。スゴいです。尊敬しちゃいます。すみません。私の悩みなんてヘナチョコでした。ミオさんこれからも頑張ってくださいね。応援してます」

「うん、ありがとう」

 原子炉には耐用年数があって、アイドルには寿命がある。

 それは自分で気付くんじゃなくて、他人に教えられて分かるの。

 さいたまスーパーアリーナでの新曲披露の日。

 20万人はいかないけれど、何万人もいる。まさに夢の舞台。

 遠くの人たちは豆粒より小さくて全然見えない。ステージそば、最前の人ぐらいしか……あ!ああ!最前にあの人がいる。指ハートしてる。「ただいま」って言ってる。

 帰ってきてくれた。良かった。すっごく嬉しい嬉しい。

「おい、澪聞いてるのか」

「えっ?あっ、すみません」

「春にツアーだって」

「そして次の秋に、澪が30歳になる。契約通り澪はそこで卒業だ」

 そうだ。そういう契約だった。