e-sportsのチームでは、私はLinux(リナックス)と名乗っている。そのLinuxにものすごく大きなお仕事の依頼が舞い込んできた。

 『ハイパーバウンダリー』近未来世界を舞台にした世界的人気のFPS、一人称視点シューティングゲーム。5人対5人のチーム戦で、相手チームを全滅させると1セット。2セット先取したチームが勝利する。

 毎年行われる大会は、各国代表を決めるチャレンジャーズ、各国代表が争うマスターズ、そして世界一のチームを決めるチャンピオンズ。今年5回目の大会のチャンピオンズが、日本のさいたまスーパーアリーナで行われる。私はその実況席で解説をするという大役を仰せつかったのだ。さらに、大会公式記念ソングをニジドリが歌うことになった。

 高梨社長が

「おれはこのゲームの世界観が全く分からないから、作詞は莉奈に任せる。曲調はテクノポップ、いや戦いがテーマならデジロックの方がいいな」

 曲の初披露は、大会当日のセミファイナルの後に決まった。

「ハイパーバウンダリーチャンピオンズステージ5のセミファイナル第二回戦。日本代表のDELTA EMOTIONとアメリカ代表のG-TRIDENTの対戦です」

 対戦フィールドはシティー、フォレスト、デザート、ロック、ルーインズの中からランダムで選ばれる。今回はシティー、つまり市街戦。

 1セット目は接戦の末DELTAが取ったけど、GのFangが最後までねばっていた。彼は世界でもトップランクのプレイヤー。

「さあ2セット目が始まりましたー」

「DELTAは1セット目と同じ3ガンナーですね。GはFangをアタッカーに変えて、2アタッカーにしてきましたね。Fangの本気がいよいよ見られそうです」

 プレイヤーのポジションは近接戦兵アタッカー、中距離戦兵ガンナー、狙撃兵スナイパーの3つなので、どこを厚くするかで戦術が変わってくる。DELTAの3ガンナーは攻めてよし守ってよしのオーソドックスタイプ、Gの2アタッカーは接近戦重視。

「おっと!FangがLuvを倒したー」

「やはりFang強いですね」

 アタッカー同士の勝負はFangに軍配が上がった。

「Fangがまた1人……いやもう1人倒した」

 Fangの戦法は動き回りながら徐々に相手との距離をつめていくことから、『蟻地獄』と呼ばれている。

「Fang本気を出してきましたね。これが本来の彼の実力です」

 スゴい。シャアみたい。気付いたときには、相手はFangに懐に入られてティルトブラスターの集中砲火を浴びている。

 5対2。DELTAピンチ。

「Fangが回り込んで、背後からXenoを倒したー!Fangの野性はもう止まらないのかー!」

5対1。普通2人差とか3人差を逆転することをクラッチという。でも4人差という圧倒的不利を逆転できたら……それはクラッチとは呼ばない。

 残ったA2Zの使用武器は超々遠距離狙撃用のスナイプザッパー。懐に入られたら終わり。A2Zが潜んでいるであろうビルを5方向から包囲するGメンバー。徐々にその包囲の網をせばめていく。

 A2Zはスナイプザッパーの射程が描く円の内側に、最初に入ってきた敵に照準を向けた。スゴい。まるでレーダーを装備しているみたい。

「A2Zがヘッドショットー!」

 スナイプザッパーは射程が長い分連射が効かない。プレイヤーは皆体にアブソーバーを着けているから、一撃で倒すならヘッドショットしかない。

 A2Zは次に射程に入ってきた敵を、サイトに入れてわずか0コンマ数秒で狙撃した。

「A2Zまたもヘッドショットー!」

「A2Zのエイムはとんでもないスピードですよ」

 ゴルゴか!そうか、A2Zが比較的連射可能なガリアデスアローじゃなく、スナイプザッパーを使っているのはエイム能力に自信があるからだ。

「おっとA2Zが若干移動……ヘッドショットー!あ、もう1人ヘッドショットー!なんと1対1まで追いついた!Linuxさん今のは?」

「敵が2人同時に射程に入ってきたので、移動してタイミングをずらしたんです」

「なるほど、セミファイナルにふさわしい激闘が繰り広げられています」

 でも残った相手はFang。彼は狙撃音からA2Zの場所を特定して、射程円に接線を描くように水平移動して物陰に隠れた。FangもA2Zもお互いの位置を正確に把握している。スゴい。

 この距離のままならA2Zが有利。でもFangのティルトブラスターの射程まで距離を詰められたらFangが勝つ。

「さあお互い探り合いになるかー。おっと……あっ!A2Zが武器をグリッドナイフに持ち替えましたー」

「Fangの間合いに自ら突っ込むようですね、近接戦闘をしかけるようです」

 えー!ありえない。スナイパーがアタッカーに接近戦を仕掛けること、サブマシンガンにナイフで挑むことなんて絶対にありえない。しかも相手はトッププレイヤーのFang。無謀なんじゃ……。

「おっと!ここでA2Zがフラッシュボムを撃ち上げたー!」

 えっ?何?

「そしてー何だ?その場で走り回っているー!一方のFangはフラッシュボムの方向へ最短距離で向かっているー!これはどういうことですか?」

 そうか、そういうことか。

「フラッシュボムは味方に自分の位置を知らせたり、作戦変更の合図として使うものです。A2Zはこれをデコイに使ったんです。その場合は敵をおびきよせて自らは物陰に隠れて敵を襲うのが定石です。でもそんな単純な手にFangがひっかかるわけがない。だからA2Zは足音で遠くに逃げたように偽装したのです。ところがFangはそれすらも読んで間合いを詰めるチャンスとばかりポイントに向かっています。この後A2Zは……やはり。Fangの裏をかいて物陰に隠れましたね。結局定石通りになったわけです」

「なるほどー!これはかなりの心理戦だ!さあ決着はー?」

 Fangはポイントにたどり着いた。しかしそこには敵はいない。しまった。裏の裏をかかれた。いや深読みしすぎた自分のミスか。どちらにしても敵は近くに潜んでいる。どこだ?

 Fangは必死に索敵を続けている。背中を向けたその瞬間、潜んでいたA2Zが飛び出した。喉に一突き。決まった。

「なんと5対1を逆転ー!マキシマムブレイクー!DELTA勝利です。夕方のファイナルは日本代表DELTA EMOTIONと韓国代表BAVEL TOWERの東アジア決戦になります」

「セミファイナルらしい手に汗握る攻防でしたね、プレイヤーのみなさん素晴らしいです」

「はい、ここでLinuxさんにはステージに向かっていただきます。Linuxさんはアイドルグループ『虹色ドリーミング』のリナチーとしても活躍されていて、その『虹色ドリーミング』に今大会の公式記念ソングを歌ってもらうことになっています。なお、こちらの曲の初回限定版CDには七色のガストバスターがもらえるQRコードが封入されます。準備はできましたでしょうか?では、聴いてくださいHBCステージ5公式記念ソング『HYPER BOUNDARY』です。どうぞ」

≪周波数にシンクロして電脳世界にダイブしろ 装備完了 配置完了 高まっていく心拍数 Out of control 戦況は予測不能 Target lock on 信じられるのは感覚だけ センターに影を捉えた時トリガーを引いてその影を排除しろ 

Bullet fly heart collide 

In the chaos of the night 

Cross the line break the chain

In this hyper boundary we fight 

Grit and smoke shadows dance 

Triggers pulled fate’s advance 

Echoes ring blood and fire 

In this warzone of desire≫


 次はワンマンでこのステージに立てたらいいなあ。

 コンコン……

 社長が集合をかけた。

 春のツアー。杏花、有希、ゆりのユニットと『プリズム』のコラボ。

「それと秋に……」

 えっ?そういえば前にそんなこと言ってたっけ……。