泌尿器科部長の藤島先生は妙に明るい人だった。

「ああ、これは腫瘍ですね。手術をして取ってしまいましょう。入院は……来月の17日、手術は19日でいかがでしょう。この日は念の為ご家族に来ていただきます。手術入院の前に各種検査をしましょう。造影剤を入れての全身CTを〇日、MRIを〇日、骨シンチを〇日に行います。あ、メモしなくてもあとで予約票をお渡ししますから大丈夫ですよ。帰りに入院受付で入院案内をもらって帰ってくださいね。ではお大事にどうぞ」

 怒涛のごとく全てが決まって、私もママも流されるように病院を後にした。心配になった私は、帰宅後にネットで検索して闘病記をたくさん読んだ。

 腎臓にできた腫瘍は99%悪性、つまりはガン。どこにも転移していないステージⅠで、原発巣を取り除いた後の5年生存率は95~98%。手術は腎臓の一部切除または全切除が最善策。抗がん剤は効きづらい。入院は全開腹で約二週間、内視鏡手術で約一週間。手術後は毎月定期通院して検査、一年後から半年毎になって、五年以内に転移再発がなければ寛解。腎臓が一つになってしまった場合は、一部プロレスを続けた特殊な人もいるけれど、基本的には激しい運動ができなくなる。無理をしたり不摂生したりすると、腎機能が低下して最悪人工透析になる……。

 転移していた場合はどうだろう。芸能人でステージⅢだった人の闘病記を読んでみた。なるほど、他のガンと違って手遅れというケースは少ないみたい。

 ママや家族には一番良い結果だった場合の話をしておいた。

 CTやMRIで、肺や脳やその他の臓器への転移、骨シンチで骨への転移がそれぞれないかを検査した。

「なんかね、宇宙船のカプセルみたいなところへ入った」

「筒みたいなところに入ったら、太鼓みたいな音がうるさくてヘッドホンをした」

「放射能を注射されて調べられたんだけど、左腕が写りづらかったらしくて、しきりにウェットティッシュで拭かれた」

 遊園地のアトラクションの感想みたいなことを言うママをみて、少しホッとした。でも

「リンパ節に転移していますね。他の臓器や骨への転移は今のところ見当たりません。右の腎臓と転移しているリンパ節を切除しますが、もし他に悪いところがあっても取り切れるように全開腹手術でいきましょう。大丈夫です。心配いりませんよ」

 大丈夫。心配いらない。大丈夫。心配いらない。

 

 入院に必要な物を揃えて、入院日もママに付き添った。

 この時はママはまだ単なる腰が痛い健康な人に過ぎなかったので、看護師さんたちもあまり構ってくれなかった。仕方がないので、テレビカードを買ってテレビのお笑いの再放送を観た。爆笑している内にあっという間に面会時間が過ぎてしまった。

 手術日になって、家族全員で病室へ行くと、点滴のポールを持って、手術着にニーハイソックスという不思議な恰好で立っていた。ストレッチャーで運ばれていくママの手を握って

「ママ、頑張ってね」というシーンを想像していたけど、それはなく、ママは自分の足で歩いて手術室に入って行った。午前11時ちょうど。手術中のランプが点灯した。

「先生の話では5時間はかかるらしい。みんなでご飯を食べに行こう」

  パパの先導で近くの鉄板焼きのお店に入って、みんなでお好み焼きを食べた。

 午後4時。まだ終わらないみたい。

 隆宏がぐずり出したので、姫花と直宏と三人で外で遊んでくるように言った。

 午後7時5分。ようやく手術中のランプが消えた。

 執刀医の藤島先生が何かを持って出てきた。

「これが今回切除した右の腎臓とリンパ節です」

 透明な容器に入った、大きなゆで卵のようなものと、焼く前のシマチョウのようなものを持って先生が立ち去るのと同時に、ママが寝ているベッドが出てきた。ママは麻酔が効いているらしくぐっすり眠っていた。

 ママを横たえたベッドといっしょに病室へ戻ると、看護師さんたちがてきぱきと管や線をママに取り付けていき、あっという間にテレビドラマでよくみる光景が出来上がった。

 六人の子供を産んで、子育てと毎日の家事をこなしていたパワフルママがこんな姿になってしまった。これからどうなるんだろう。

 突然地震が起きたと思った。でも激しく揺れてるのはママだけだった。ママが全身を震わせていた。何なの?大丈夫なの?

「手術が長時間に及んだので、低体温症になったんです」

 三人の看護師さんがママの全身をさすって温め、20分ほどでママの震えは収まった。

 ママにはもう子育てや家事は無理だ。

 毎日の食事だけでも無理。例えぼ朝食。一人がトースト二枚とハムエッグを食べるにしても、うちは6枚切りの食パン3つと卵1ケースとハム2パックと牛乳2パック、これを毎日買いに行かなきゃならない。お昼はパパと姫花と和宏はお弁当が必要だし、夕食も全員分作らなきゃならない。更に掃除と洗濯も毎日やらないといけない。

 私がやるしかない。でも……そのためには……。