急にきた札幌退散から、大阪にあって茨城県ではない茨木のマンションに連れていかれた。空港からはモノレールに乗った。家は、家族で住んでいた頃の札幌のマンションに似て、周りには高い建物が全然ないところに急にひょこっと建ってる11階建てで、家も11階にあった。オクニユタカ(父。仮名)がああいう高い建物が好きなのか、それか入ってる戸数が多いから、適当に決めるとああいうマンションにあたる可能性が高いのか。どっちでもいいけど、私は高いところが好きだった。下界で人や車がちょこまかちょこまか動いて、あっちには工場があり、学校があり、なんかわからない建物があり、モノレールが走っていて、家がたくさんある。小さく、岡本太郎の太陽の塔がみえた。横顔で。小さい人たちがみんなそれぞれになにかやってる、ふむふむがんばってね、幸せになれよという気になる。でも手すりは胸の高さぐらいまでしかなく、この程度でどのくらい落下事案を防げているのだろうと思う。誘惑がきたら、簡単に乗り越えられる高さだ。最近のホテルの高層階とかでは窓があかなかったり、柵が上までついていたり。あれは檻の感覚だから嫌い。あれだと外との交信には、ラプンツェルの長い長い髪が要る。あ、ええと、玄関から出るという方法もある。

 札幌でなにがあったのか、どうなっていたのか、質問はされない。されたくないからちょうどいいんだけど。それに説明もできない。ただ、駅前からスクールバスの出ている女子大の、次の年度用の入学試験を受けてこいという。まだ間に合うからと。お前は行って、入試を受けてくるだけと。私はできたらいったん流れのないところで落ち着きたかったので、え〜またそういうの?と、この唐突命令は誰か別の人用だったらいいのにと思った。本当はどこか身体が悪くなって、長期入院とかいうのが理想的だったけど、痛いのも苦しいのも不安なのもできそうにない。病院のにおいにも病院の人たちにも耐えられそうじゃない。ちょうど都合よくどこかのお医者がこの人には休養が必要ですと言ってくれて、那須とか小笠原の島とか、その時は知らなかったけど四国の真ん中の方とか、どっかいいところで、身体のなかのうまくいってないの全部と自然のいいやつを入れ替えるみたいなことができたらよかった。オクニユタカには、学校はもういい、休みたい、どうしたらいいか一回考えたいと言ったと思う。オクニユタカから返されたのは、『下手の考え休むに似たり』。いいから学科を選べと。選択肢は二つ、短大の食物なんとか科と家計簿なんとか科みたいな、要するに家事がうまくなっていい奥さんになりまーす、きゃぴ、みたいな方向のやつ。でも渡された資料に、4年制大学の方だったけど児童文学科というのが紹介されてた。それには少し興味があった。やるならこっち、家計簿はできないと言った。オクニユタカはすごく迷惑そうな顔をして、ヨレヨレのやつがいっちょ前みたいなことを言うな、生意気だ、というようなことを言ったと思う。嫌なら受けさせるな、こっちは学校に行きたいなんて言ってないと私の方は思った。思ったけどもちろん声にだしてはいない。

 ちょっと親目線でここのところを思い出しておくと、その時兄1は東京の大学で2留目が決まり、今度こそ卒業してくれるのか保障はない6年目に入るところ。兄1の学校の学費は高くて、兄2のとこで公立の私のだいたい倍、兄1のとこはその倍ぐらいかかっていたらしい。そんなにたくさんお金をとって、6年も通った在籍した兄にどんな素晴らしいことを教えてくれたんだろう。兄2は一応順調で、京都の大学の3年目を無事に終了して4年目に入るところ。私には、そこまで2年学費と生活費を出してきたけど、途中でだめになったので親のもとに連れ戻してきたとこ。(私じゃなく)オクニユタカは、こっちの学校も退学ではなく休学にしていたので、1年後また私を戻して軌道に乗せられると思っていたのかもしれない。だったら本当に休ませてくてるだけでよかったのに、それなら余計なお金もかかりませんでしたよと思うけれど、近所にあって親の住んでる家から通えるばかだ女子大(ごめんなさい。当時の私の印象です)に私をつっこんでおいて、私を管理しつつ、『下手の考え』を増幅させないようにしておくことが、オクニユタカにとって最良のアイデアだったよう。それに札幌の大学に戻すのが無理でこっちはなんとかいけそうということになったら、軌道修正した感じにできると。女だから学校なんてなんでもいい。とりあえず行かせるだけでいい。4年制なんて時間と金の無駄。多分そんな風に考えていたと思う。そしておじさんにそのように考えがあるとき、誰もそれを覆せない。覆す努力をする人もいない。

 オクニユタカとの会話はその後0秒で入試の日が来た。「お父さん児童文学の方で申し込んでくれてあるから、これ持って行ってきなさいって。ちゃんとしなさいよ。」と、コケコワン(母。仮名)から送り出されて、駅前から臨時のバスに乗り、山際のその大学へ行った。花が咲いていて、下の方に街が見えてきれいなキャンパスだった。試験問題は、中学校の定期テストみたいに簡単だった。悲しくなって涙がでたので、試験官に注目された。私に意思の力があれば、試験の解答を白紙で出すとか、そもそも臨時バスに乗らないとかで、その大学に入らないための戦略はとれたはずだった。もちろんできそうにはなかったけど、直接オクニユタカに、嫌です、受けません、と言うという方法もあった。でもしなかった。実は、量がわからないけれど、オクニユタカ案にのって、普通の、うまくやっていける人になれるかもしれないという、希望なのか妥協なのかを頼りにしたい気持ちもあった。

 

 普通のばかになって、何とも思わない、何も悩まない人に、なれるならそれもいいか。いいか?

 今がラストチャンス!あなたはどうする??? そんな感じ。