それは、前の仕事をクビになったから。


 息子は、「クビじゃなくて契約満了」と言ってくれる。いい子に育ったと思う。来週16歳になる。実際には、彼は”満了”という言葉は使わなかった。それほど高度の日本語は出てこない。「Contract をcompleteしたんでしょ?それは契約終了、完了? なんて言う? とにかく、renew しなかっただけでしょ? クビじゃないよねー。」と言ったと思う。この間の一時帰国中、研(彼の名前。仮名。)の本屋滞在時間がすごく短かった。私には日本の本屋はパラダイスで、わ、この本、わ、わ、こんな本がでてる!全部スムーズに読める♪♪と、はしゃいでしまうので気づいていなかったが、息子にとって、彼の読みたいレベルの本は、読めない漢字が多くてイライラする、かつ、いまいちわからないということがあったらしい。それについてなかなか白状しなかったのは、プライドが高いせいだろう。そんなもの持つなと私は思ってるけど、彼は持っていて、時々彼を不自由にしている。

 

 それで、なんで私のcontract(契約)がrenew(更新) されなかったか。このテーマは、通知された短いミーティングからほぼ3か月、頭の中にずっとあり、こねくりまわしてきた。私がこねくりまわしていた部分もあるけれど、私の方がより多くこねくりまわされてきたと思う。最初のうちは特に。今はだいぶまとまって、成型前のパンの生地ぐらいになってる。


 考えられる主な理由の1つは、そういうタイミングだったということ。ドイツでは雇用される側がとても守られているので、無期限の雇用契約が結ばれたあとでは、雇用者側が労働者を解雇するのがすごく難しくなる。何か月も、時には何年にもわたり病気などを理由に仕事をしていない人でも、簡単には解雇できない。その間給料を払い続ける。私の契約は1年間の有効期限付きのもので、双方の同意で更新されると無期限契約に入るというものだった。このタイミングまでに企業側はとても慎重になり、本当に残しても大丈夫そうな人だけに絞る。多分。私のほかにも、フランス人のヴィクター、ブルガリア人のラドスティーナ、その前には、オランダ/インドネシア系のマリア、ドイツ人でアシスタントマネージャーだったアンディなども、何の説明もないうちにいなくなっていた。他の部署でも。私は振り落とされた最後の一滴といったところだったのかなぁ……。

 

 

 この間30歳になったばかりの私のボスだった人は、きれい好きで、ショップの棚の売り物をきれに整えるのはとても得意だったけれど、マネージャーとして部下とコミュニケーションをとるとか、指導するとか、間違いを指摘するということすらなかった。チームを引っ張るなんて夢のまた夢という印象。ちょっと文句を言いたいお客さんが彼のところへ行くと、たいていもっと怒って、またはとても呆れて去って行っていた。そのボスに告げられた解雇の(契約更新しない)理由は、私が日曜日休みたがり過ぎる、モーニングシフトばかり希望する、それとドイツ語が話せないこと、で、彼の上司がそう決めたから僕にはできることがない、と震えながら言っていた。ピチンと整列した金髪の下に、お人形のように白い肌がきて、緊張した水色の目には涙がたまって、今にもじわじわ流れだしそうだった。ちなみに、その時の私の仕事は、北欧系の四つ星ホテルのフロントで、特に日本人客が多いというところでもなかった。そのポジションで、ドイツ語ができないのは、どう考えたって全然よくない。普通は採用されないと思う。でも英語と、超初級のドイツ語、たまに中国語、それよりもっと少ない割合で日本語、それと言語外言語をフル活用して、お客さん相手では問題なく仕事ができていた。ほぼ全員20代の同僚とも仲良くしていたし、まじめに働いていたし、荷物預かりルームを整頓するのは彼と私だけだったので、彼にとって私にもう来なくていいと言うのは、彼のビビりの性格も手伝って、結構な試練だっただろうと思う。

 

 でも彼はそれをやってのけて、私の契約は終わることになった。

(この件については、もう少し書きたいことがあるので、続きはまた明日。)