少しでいいの。
くぎって くぎって。
ちょっとでいいの。
そっぽ 向いてて。
一度でいいの。
やらせてみて。
軽くデいいの。
期待させて。
一言でいいの。
私を褒めて。
いっぱいなんて言わないから。
ほんとに少しでいいんだから。
お腹が痛いの。
きりきりするの。
鈍くてぬめぬめしたものが、
お腹にいるの。
しびれてくる。
私は誰
誰誰誰誰誰唯言わない
どうかお願い。
痛みのほうから1ミリ遠のく。
喜び、 ください、
夜路媚 ください。
少しでいいの。
くぎって くぎって。
ちょっとでいいの。
そっぽ 向いてて。
一度でいいの。
やらせてみて。
軽くデいいの。
期待させて。
一言でいいの。
私を褒めて。
いっぱいなんて言わないから。
ほんとに少しでいいんだから。
お腹が痛いの。
きりきりするの。
鈍くてぬめぬめしたものが、
お腹にいるの。
しびれてくる。
私は誰
誰誰誰誰誰唯言わない
どうかお願い。
痛みのほうから1ミリ遠のく。
喜び、 ください、
夜路媚 ください。
味噌さばを食って
考える。
あたしは一体なにがしたいのかと。
飛ぶことしかできない鳥は、飛んでればいいよ。
でもさ、飛んだり地面に降りたり、はたまた水面を泳いで渡れるもんが、その中のどれかの運動しかしちゃいけないって言われたら、どうする?
大抵は、飛んでみて、歩いてみて、泳いでみて、寝転がってみて、
自分になにが一番あってるか、心地よいか、興味があるか、嬉しい楽しいか、つまらないか、満足するか、
確認して決めるわね。
でも、やっぱり迷うと思う。やっぱりあっちのほうが自分にあってるんじゃなかろうか。と。
将来なんて、今すぐ決められないよ。
しかし、中学生とかに聞くと、ほぼみんな『夢』を持ってると言う。
そんで、夢を聞くと、ほぼ、職業が出てくる。『看護婦さん』とか『教師』とか。
私もあったよ、『アナウンサーになりたい!』って時が。でも、いつからか、なりたいものがなくなった。だからといって夢がないわけじゃない。ぶっちゃけ職業なんてなんでもいい。その代わり、漠然とした、なりたい大人の女性像はある。
だから、困る。漠然とした夢って、そうなる方法沢山あるから、とうとうよう分からなくなる。
最近、良く言われる言葉がある。
『あんたは何になりたいの?』
『ん~まだ決めてない』そう適当に返しておくけど、そういうと、大抵、
『そろそろ決めないとやばいんちゃう?』みたいな目で見てくるか、実際に言ってくる。
その度に私は思う。
『自分は自分なんだから、何にも化けはしないぞ。』と。
どうして、なんでもかんでも決めなくちゃいけないんだろう。
どうして、なんでもかんでも白黒はっきりしないと安心できないんだろう。
こういう世の中だから、『がむしゃら』人間 『やつれ』人間が増えてきたんだ。
一度これになる!この会社で働く!って決断したら、それを続けていかないと、他人や親や友人の目がきになることもあるだろうし、辞めちゃったら、それに本当に『なった』ってことにならないと思ってしまうのかも。
とにかく、不安なんだろうね。てか、まず考えがないのかも。環境を【変える】って。
もしその環境が合わなかったとしてもがむしゃらにがんばるから、うつになったり、サラリーマン=やつれて薄い というように形容されちゃうんじゃないかしら。と確信を持って思う。
がむしゃらに続けることって、信用されるけど、それってもしかしてすっごくもったいないことのような気もする。
がむしゃらって、唯、頑固なだけでかっこよくないよ。
探していこうよ。自分の道。
何度失敗してもいいじゃん!
だれもがみんな、同じじゃない。
だれもがみんな、正確じゃない。
だれもがみんな、人の思うところにいるわけじゃない。
私は風の吹かないところには、いかない。
体裁とか、仲間とか、色々あるけど、色々あっても、いかないほうが、幸せ。
もし、だれかに後ろ指さされることがあろうとも、次から次へ、変わっていこうと思う。
それが、成長に繫がるって信じてるから。
味噌さばは、ざらざらしていて塩っぽくて、
でも、一生食べていきたいと思わせる魅力を持っている。
味噌さばのカンズメは、いつもお店に並んでいる。
私がいくらふらふらしていても、世界は休まず動いている。
やんでも吹いても、そこにある。
それって、とてもありがたいじゃないか。
悲しみも 喜びも、つかの間の 記憶
どこに行っても、変わらないものは、必ずあって、
そして、常に迎え入れる。
何が大切って、
分からないよ。
分からないことが多ければ多いほど、豊かになっていくよ。
大切だと思うこと、これからいっぱい目につくよ。
だから、こうして生きていこうと、思うよ。
でもお金ほしいから働きたいおっ
先週から5日間ほど、鳥取~名古屋に行ってきました。
鳥取は、あっつかった!!でも、砂の質がよくて、海が綺麗で、行ってよかったって思いました。
夏だね!
てか、鳥取駅が、なんか、福島駅の感じに似てて、びっくりした。
そんで、一路名古屋へ。
名古屋は、ちょうど七夕祭りで、町が活気付いてた。
にしても、商店街、そのうちなくなりそう。名古屋って大都市なのに。
寂れてて、びっくりした。
なくならないでほしいな。ホント。
そんな商店街のなかに、ひっそりと佇むギャラリーを発見。
このギャラリーは、藁でできていて、すんごくいい雰囲気。
一目で気に入りました。
今回は、キダカナさんというアーティストが、写真と詩の展覧会をしていました。
キダカナさんは、3年半テレビ局に勤めていたが、テレビの世界が性にあわなかったらしく、先日退職。
いまは、前々から興味のあった映画製作に携わるお仕事にめぐり合えたそう。
彼女は、いろいろやってる人。
写真、詩、音楽、絵、創作・・・
↑彼女の写真集(買ったから、見たい人は声かけてね♪)
彼女は、ディジュリドュという楽器も、趣味で演奏する。
『ディジュリドゥ』とはオーストラリアの先住民・アボリジニの楽器で 世界最古の冠楽器といわれている。ユーカリの木の中を白蟻が喰い尽くして 空洞になったものを使用する自然の産物である。
アボリジニの間では儀式の際に、ディジュリドゥが使われるが、それだけでなく ディジュリドゥの音はヒーリング効果があるといわれており、病気の治療にも使われている。
運よく、今回、彼女の演奏を聞くことができた。
なんというか、もう、今までに聞いたことのない重厚感のある音だった。ヘブンに行ってしまえそう。
血が騒ぐ感じがした。
チベットの鐘?を片手に、演奏していた。器用やなぁ!
てか、この鐘、すごいいい音なんだわ!
共鳴しているのがよくわかる。
益々チベットに行きたくなった。
あと半年だけど、もう大学いきたくないなぁ。。色々旅にいって、好きなことしていたい。。。
そんで、終わった後に実際に吹かせてもらった。
それが、むずかしーーーー!のね!
びっくりすた。おならみたいな音になって、笑われた。w
でも、やってるうちにふけるようになって、素質あるよ!!!って言われた。(褒められると非情にうれしい)
名古屋で展覧会したいなぁ。
そこには、アートや舞踊の評論家をしてる亀田さんという方もいて、是非是非!といわれた。うれしいうれしい!
亀田さんは、明朗で、笑顔が素敵な方。
名古屋はやっぱりええなぁ~!
近く、また行きたいです。
癒し
リラックス
みぞおち
風
海
青く遠い空
近い雲
おいしそうな夕暮れ
レモンイエロー
若草色
スカイブルー
染色で染めた作品です。
見る人がリラックスして、開放的な気分になれるようなさく品を作りたかった。
そら うみ 泡 鳥 女の子 飛ぶ 泳ぐ 漂う 見つめる ぼんやり すいすい ふわふわ ひらひら
私の好きな色と好きなモチーフで。
タイトルは、そうだなぁ、
旅立ち
かな?
色と匂いって、感じるもの。みるんじゃなくて、想像するもの。
頭じゃなくて全身で染めたタペストリーーでした。楽しかったです★
大人の階段を登る~♪
階段を登りたい人は、登っていけばいい。
私は、20歳からは、階段を着実に登るってよりかは、広いフィールドを自由に歩いたり走り回れるって思ってる。
大人は自由。
大人こそ、自由。
結婚も、子作りも、職業も、目指すものも、恋愛も。
個人個人が節度を守り、社会というフィールドの中で自由に生きる。
私は、とりあえずはサラリーマンとやらになってみようかと思う。
2,3年後には自由になってやる。
日本まわってやる。
アジア制覇してやる。
ヨーロッパは観光でいいや。
結婚は地味でいい。してもしなくてもいい。
子どもはほしい。
自分の哲学を語れるようになったら生んでみたい。
あなたの子ども。
私の子ども。
太陽と
つき
ツキ
月
上付き
抱きしめたい。
なくなってもいい。
抱きしめたい。
何を残す
何を残す
何を壊す
生きるとはなんなのか。
なめるように、すくうように
近寄るように、うずくまるように
しっとりと、ねとろりと
吹かせたい。
吹かせたい。