[ 仕事中に好きな腕時計はしないのです ]

■金属加工や機械装置の設計製作を生業( なりわい ) としている私たち。

会社には1台が数千万円の加工装置が何台も並んでいます。それらのモーターや駆動部分は強い磁力を発生するものもあります。腕時計をして作業すると、帯磁してしまいます。

■お客様の工場に出かけて装置を改造カスタム化することもあります。『 鉄とそれ以外のモノを分離する「磁選機」が壊れたので直してくれ 』 という依頼の際に、頭が入らずよく見えない内部の状況を知るために、スマホを持った手を差し入れて写真を撮ろうとした不用意な作業員は、強い磁力でスマホの液晶を壊してしまいました。私たちの仕事では、ケガや事故を防ぐために、なんとなく作業開始することは許されず、どんな事態が起こり得るかを事前に詳細に話し合います。彼は、気の毒なやつだと同情を集めることもなく、「そういう不注意で緊張感が足りないやつが仲間にケガをさせたりするんだぜ」と、叱責の罵声を浴びることになりました。

■何の話かというと、私たちの仕事では衝撃や粉塵や油脂や酸やアルカリや灼熱の火花がありふれていて、引っかき傷をつくりながら狭いところに腕や身体を突っ込むことなどもしばしばあります。となると、作業中に腕時計はしないか、または半年毎に買い替えても惜しくないような使い捨て時計をつける、ということになります。仕事がタフだから、腕時計は高品質でタフなものを、というレベルはないのです。溶接の火花( スパッタ = 1600℃超 ) が時計の風防ガラスに飛んだら、ガラスにクレータが できてしまいます。

■というわけで、私たちの分野では、仕事中のONと、プライベートなOFFとのスイッチ・切り替えの一つが「 腕時計の着脱 」になったりするのです。

[ たまたま最近の気分は国産腕時計 ]

■あの震災のあとあたりから、私は国産・メイドインジャパンを意識するようになりました。

スイスの機械式腕時計産業を尊敬しています。クオーツ機構が生まれたら、絶滅に向かう予感からすたれる一方となりそうなところ、機械式ムーブメントの物語性の発信、魅力ある商品の開発、広告宣伝の巧みさ、などからしたたかに復活し、売り上げ2兆円産業にまで成長したそうです。安売り競争ではない「 高価だけれどもお客様に求めてもらえる仕事 」は素敵です。

■そのように品質やブランドの物語性を尊敬しているスイス機械式時計ですが、個人的に、ここ数年の気分は、メイドインジャパンに向いているのです。

仕事を終えて私服に着替えたら、古い国産の手巻き時計を腕に着けて、竜頭を巻く。煙草を吸わない私の気持ちの中で「 ふ~、今日もいろいろあったなあ」、と緊張が解けていく。