どの一瞬を切り取っても美しい。壇上のインスタレーションの連続。

□本日(2/6)のお芝居
チェーホフ生誕150周年記念『チェーホフ?!』~哀しいテーマに関する滑稽な論考~
「これがチェーホフ?!誰も知らなかった妄想世界
チェーホフが人生における大仕事として取り組んだが、未完に終わった博士論文。そこには民間伝承、いいつたえ、奇術、魔術など超自然的で観念的な事象に対して異常なまでに興味を示したチェーホフの姿が見て取れる。結局、論文を書き上げることなく生涯を終えたチェーホフだが、実際は様々な作品の中にそれらの要素は散りばめられている。 そのようなチェーホフが興味を示した幻視的世界を元・精神科医という特異な顔を持つ演出家タニノクロウが独自の視点で描き、異形の顔ぶれと生演奏を指揮する。これがチェーホフ?!と思うかもしれません。いや、これこそチェーホフ!!」
■劇場
東京芸術劇場 東京芸術劇場 小ホール1 E-16
直前までお買い物にうつつを抜かし、開演3分前に駆け込みました。
E列だけど、オケピットがあるため、前から3列目でした。
■本日の食前酒
駆け込んだため、嗜めず。
■キャスト/スタッフ
作・演出:タニノクロウ
ドラマトゥルク:鴻英良
出演:篠井英介(魔女)、毬谷友子(女)、蘭妖子(老婆)、マメ山田(少年)、手塚とおる(男)
ミュージシャン:阿部篤志(音楽、キーボード)、廣川抄子(Vn)、小久保徳道(Gt)、岸徹至(Bs)、秋葉正樹(Ds)
茂木さんのツイートやタニノさんの前評判もあり、
珍しく事前情報を多く頭に入れていった作品。
配布された紙をみると、何やらシーンリストなるものが。
シーンリスト
0.「始まり、終わり。 少年は広野へ」
1.「死神・ステップ」
2.「女」
3.「男」
4.「人体」
5.「巨人・バガトゥイリ」
6.「森」
7.演奏
8.「におい」
9.「痛み」
10.「人体 その2」
11.「寒さと飢え」
12.「少年」
期待が高なる~!
今回は、お芝居の特性により、出演者評ではなく全体の流れと
感じたことを書いていきます。
演壇には赤いビロードの緞帳。
そこに、大きなフードをかぶった子供が登場するところから物語が始まりました。
のっけから赤い緞帳から白い顔を出す英介さん。
魔女というより、ベネチアのカーニバルのお面のよう。
怪しい幻惑的な絵本の悪者のようでした。
物語は前半、荒野を進む少年が、魔女、女、老婆、男に出会い、不思議な体験をします。
(シーン1~6)
セリフはほとんどなく、美しいオケ、英介さんと毬谷さんの歌声、風・虫・荒々しい鳥の羽ばたき・
荒野の動物の遠吠えで進みました。
と、次の瞬間、急に人工的な緑の光に照らされ、鉄のベッドに横たわった男から
心臓を取り出すシーンも。
寒々しく荒々しい高原・森(自然)と、無機質な手術室(人口)が交錯しました。
音楽はロシアの伝統民謡と思われる歌謡曲にはギターが使われ、
森のシーンではバイオリンやティンパニ、手術室にはロックやシンセなど、
ジャンルもめちゃくちゃ。
観客は内容を租借、解釈する時間なんてなく、緊張と緩和を繰り返しながら
ただ前に提示される映像と音に目・耳を対応させるだけで精一杯。
舞台セットはとてもシンプル。背景は無地(光により青、緑、赤に変化)。
大きな月と明るい一つ星のみ。そこを小さな男の子の影が進んでいく。

大きな鎌を持った死神、不気味な森の木の陰、魔女の美しい身のこなし、
女の軽やかなバレエ。時には主体を照らし、大半は主体を黒とし背景の光にくっきりと輪郭を
映し出す方法で、まるで絵本のよう。
とくに、『すてきな3にんぐみ』や『三びきのやぎのがらがらどん』の絵を想起させるなあと
ずっと思ってました。



一瞬一瞬のどこを切り取っても美しいんです。
-群青の夜に黄色い三日月、そこに腰かける鎌を持った小人のような魔女。
草原を横切る3人の死神と大きな鎌。
-緑の背景に風になびく赤い枯れ木。空には朱赤の三日月。その下を踊る白い魔女と
本を取られまいとする少年。
-ステージの中にまた赤いビロードカーテンのステージ。そのステージの中にまたステージ
その中にまたステージ。そこに呑みこまれる少年と、「捉えた!」とほほ笑む、笑う魔女。

後半は拘束着にとらわれた3人患者たちが、虫取りの青い蛍光灯を持ち、
虫が焼かれる煙が上がるシーンからスタート。
もう、現代美術館のインスタレーションコーナーにそのまま持って行って
展示したいような、まさにアート。
-水槽の水に浮かぶ脳。持ち上げる役者の手から滴る水。
-踊る結婚式を想起させる衣装の男と女、背景からぶら下がる、枝肉と化した牛。
-DJと化す老婆と、白いヘッドフォンを装着しながらもだえる魔女。

すべてのシーンの断面が、完璧な美・調和の連続。
「そういう意味」では、全く期待を裏切らないお芝居でした。
それを可能にしているのは、ある意味大衆的な価値観で(=私たちでも美しいと思う)
色、音楽を作り出すタニノさんと、それを可能にする役者さんの動き。
英介さんの流れるような身のこなしとくねる手。
毬谷さんの本物の踊りと声。
ただ、その解釈は私には不可能。
ドラマトゥルクの鴻さんの、各シーンの解釈集が終演後に配布されましたが、
あっちの世界に行っていて、なかなか理解が難しい内容でした。
とにかく、美しい幻惑的な80分を過ごし、その後は世界がふわふわしていた、
そんな夢のようなショーでした!
それではまた次回~。

□本日(2/6)のお芝居
チェーホフ生誕150周年記念『チェーホフ?!』~哀しいテーマに関する滑稽な論考~
「これがチェーホフ?!誰も知らなかった妄想世界
チェーホフが人生における大仕事として取り組んだが、未完に終わった博士論文。そこには民間伝承、いいつたえ、奇術、魔術など超自然的で観念的な事象に対して異常なまでに興味を示したチェーホフの姿が見て取れる。結局、論文を書き上げることなく生涯を終えたチェーホフだが、実際は様々な作品の中にそれらの要素は散りばめられている。 そのようなチェーホフが興味を示した幻視的世界を元・精神科医という特異な顔を持つ演出家タニノクロウが独自の視点で描き、異形の顔ぶれと生演奏を指揮する。これがチェーホフ?!と思うかもしれません。いや、これこそチェーホフ!!」
■劇場
東京芸術劇場 東京芸術劇場 小ホール1 E-16
直前までお買い物にうつつを抜かし、開演3分前に駆け込みました。
E列だけど、オケピットがあるため、前から3列目でした。
■本日の食前酒
駆け込んだため、嗜めず。
■キャスト/スタッフ
作・演出:タニノクロウ
ドラマトゥルク:鴻英良
出演:篠井英介(魔女)、毬谷友子(女)、蘭妖子(老婆)、マメ山田(少年)、手塚とおる(男)
ミュージシャン:阿部篤志(音楽、キーボード)、廣川抄子(Vn)、小久保徳道(Gt)、岸徹至(Bs)、秋葉正樹(Ds)
茂木さんのツイートやタニノさんの前評判もあり、
珍しく事前情報を多く頭に入れていった作品。
配布された紙をみると、何やらシーンリストなるものが。
シーンリスト
0.「始まり、終わり。 少年は広野へ」
1.「死神・ステップ」
2.「女」
3.「男」
4.「人体」
5.「巨人・バガトゥイリ」
6.「森」
7.演奏
8.「におい」
9.「痛み」
10.「人体 その2」
11.「寒さと飢え」
12.「少年」
期待が高なる~!
今回は、お芝居の特性により、出演者評ではなく全体の流れと
感じたことを書いていきます。
演壇には赤いビロードの緞帳。
そこに、大きなフードをかぶった子供が登場するところから物語が始まりました。
のっけから赤い緞帳から白い顔を出す英介さん。
魔女というより、ベネチアのカーニバルのお面のよう。
怪しい幻惑的な絵本の悪者のようでした。
物語は前半、荒野を進む少年が、魔女、女、老婆、男に出会い、不思議な体験をします。
(シーン1~6)
セリフはほとんどなく、美しいオケ、英介さんと毬谷さんの歌声、風・虫・荒々しい鳥の羽ばたき・
荒野の動物の遠吠えで進みました。
と、次の瞬間、急に人工的な緑の光に照らされ、鉄のベッドに横たわった男から
心臓を取り出すシーンも。
寒々しく荒々しい高原・森(自然)と、無機質な手術室(人口)が交錯しました。
音楽はロシアの伝統民謡と思われる歌謡曲にはギターが使われ、
森のシーンではバイオリンやティンパニ、手術室にはロックやシンセなど、
ジャンルもめちゃくちゃ。
観客は内容を租借、解釈する時間なんてなく、緊張と緩和を繰り返しながら
ただ前に提示される映像と音に目・耳を対応させるだけで精一杯。
舞台セットはとてもシンプル。背景は無地(光により青、緑、赤に変化)。
大きな月と明るい一つ星のみ。そこを小さな男の子の影が進んでいく。

大きな鎌を持った死神、不気味な森の木の陰、魔女の美しい身のこなし、
女の軽やかなバレエ。時には主体を照らし、大半は主体を黒とし背景の光にくっきりと輪郭を
映し出す方法で、まるで絵本のよう。
とくに、『すてきな3にんぐみ』や『三びきのやぎのがらがらどん』の絵を想起させるなあと
ずっと思ってました。



一瞬一瞬のどこを切り取っても美しいんです。
-群青の夜に黄色い三日月、そこに腰かける鎌を持った小人のような魔女。
草原を横切る3人の死神と大きな鎌。
-緑の背景に風になびく赤い枯れ木。空には朱赤の三日月。その下を踊る白い魔女と
本を取られまいとする少年。
-ステージの中にまた赤いビロードカーテンのステージ。そのステージの中にまたステージ
その中にまたステージ。そこに呑みこまれる少年と、「捉えた!」とほほ笑む、笑う魔女。

後半は拘束着にとらわれた3人患者たちが、虫取りの青い蛍光灯を持ち、
虫が焼かれる煙が上がるシーンからスタート。
もう、現代美術館のインスタレーションコーナーにそのまま持って行って
展示したいような、まさにアート。
-水槽の水に浮かぶ脳。持ち上げる役者の手から滴る水。
-踊る結婚式を想起させる衣装の男と女、背景からぶら下がる、枝肉と化した牛。
-DJと化す老婆と、白いヘッドフォンを装着しながらもだえる魔女。

すべてのシーンの断面が、完璧な美・調和の連続。
「そういう意味」では、全く期待を裏切らないお芝居でした。
それを可能にしているのは、ある意味大衆的な価値観で(=私たちでも美しいと思う)
色、音楽を作り出すタニノさんと、それを可能にする役者さんの動き。
英介さんの流れるような身のこなしとくねる手。
毬谷さんの本物の踊りと声。
ただ、その解釈は私には不可能。
ドラマトゥルクの鴻さんの、各シーンの解釈集が終演後に配布されましたが、
あっちの世界に行っていて、なかなか理解が難しい内容でした。
とにかく、美しい幻惑的な80分を過ごし、その後は世界がふわふわしていた、
そんな夢のようなショーでした!
それではまた次回~。


