いよいよ今週末は、競馬の祭典、日本ダービー!!
やはり、ダービーウィークというのは、いつもの週よりも、
ワクワク、ドキドキ
(*´▽`*)
胸が高まりますね!
私が初めて競馬場で日本ダービーを見たのは、1996年です。
この年に、ラジオ短波(現ラジオNIKKEI)の競馬中継アシスタントのオーディションに合格した事をきっかけに、競馬の世界に飛び込んだ私。
実は今でこそ、かなりマニアックな馬場マニアぶりを発揮していますが、
競馬の仕事をするまでは、「競馬」との接点が全くなかったんです。
それが毎週、競馬場へ行くたびに、サラブレッドが緑のターフを走る姿に魅了され、どんどん競馬の世界に引込まれていきました。
そんな私の心を掴んだのが96年、フサイチコンコルドが勝った日本ダービー。
この年。
武豊騎手がついにダービーを勝てるかと言われる程の逸材だったダンスインザダークを、藤田騎手騎乗のフサイチコンコルドが直線で並ぶ間もなく、抜き去ってしまったのです。
私は、「名前がカッコイイ」という理由でフサイチコンコルドの単勝を買っていたのですから、直線はそれはもう大騒ぎ(笑)。
そして歓喜の後に訪れたのが、場内から沸き起こる地鳴りのような大歓声
あの時、私はわずか数分の間にこんなにも多くの人々を魅了する‘競馬’に感動し、
「ああ、一生、競馬と関わっていたい」
と感じたのを覚えています。
ダービーは格別なレース
それを肌で感じた1996年でした。
「ダービー制覇はホースマンの夢」と言われるくらいですから、競馬関係者にとっても、特別な一戦。
ですから、解説者や記者の皆さんの中には、日本ダービーの馬券の額が増える方が多いですね。
大川慶次郎さんも、そうでした。(99年、ラジオ短波の競馬中継ブースで撮影)
*右は若かりし頃のワタクシですよ~(苦笑)。
大川慶次郎さんといえばフジテレビの競馬中継のイメージを強く持たれている方が多いと思いますが、なんと、1957年からラジオ短波の競馬中継の解説をされていたんですよ。
私がラジオ短波の競馬中継スタッフに加わった時は、既に‘競馬の神様’と呼ばれる存在でしたが、
私が放送するマイクの隣に、いつもこうして大川さんが座っていらして、
新人の私にもとても親切に接してくれたんです。
今思うと、本当に貴重で贅沢な日々だったと思います。
(もっと、積極的に競馬のことをお聞きするんだったと思いますけどね(^-^;)
隣に私が座っているので、大川さんが塗ったマークカードを託され、私がその馬券を買いにいく事もしばしば。
ちらっと、マークカードを覗くと、
ダービーはいつもより、金額が倍近くになっていた事を思い出しました(^-^;
きっと、大川さんは予想家として、ダービーの予想に自信があったからこそ、いつもより多くの額を馬券に投じていたのでしょうね。
そして。
毎年、ダービーの頃になると思うんですよ。
大川さんが生きていたら、ダービーはどの馬に本命を打つのかしら、と。
今年は
ドゥラメンテ?
リアルスティール
それとも?
夢の中で、こっそり教えてくれないかな(笑)。
という事で。
ダービーデーまで、多いに悩みたいと思います!
皆さん
ダービーウィークを楽しみましょう!
コジトモ