せっかくパリに行くならば一軒くらい良いレストランでも行きたいとグーグルマップを眺めていると、一軒のレストランが目に止まった。
レビューが240くらいあって評価平均がなんと4.9。滅多にお目にかかれない数字だ。
そのレストランは「Tracé」(トラセ)という。

場所はパレ・ロワイヤルのすぐ側でルーブル美術館からも7,8分ほどのところでちょうどよい。
割と新しい店のようであまり日本語の情報がなく、星付きではないもののミシュランガイドには掲載されている。
調べたところ、元々タマラという店がリニューアルしてTracéとして生まれ変わったようだ。
Google先生によれば「痕跡」という意味らしい。ジャンルとしてはイノベーティブ・フレンチとある。
Webで料理の写真を見たところ、たしかにバターや生クリームをたっぷり使ったクラシカルなフレンチではないようだ。
星付きの有名レストランに行くのもありだが、こういった前衛的で創造的な店に行くのもいいだろう。
あおつらえむきに火曜日から木曜日までは全5品のインスタントコースがある。

それであれば95ユーロ(23年12月末時点)だし、食が細い私達夫婦にはちょうど良さそうだ。
ルーブル美術館を訪れる12月28日にさっそく予約を入れる。今はネットで世界のどこからでも予約を入れられるので便利な時代になりましたね。


そして当日。
ルーブル美術館とサント・シャペルを訪れた後、近辺で休憩を取った後にレストランへ向かう。
少し身体を休めたものの、妻は飛行機や前日からの疲労が回復しておらず調子はいまいちだった。
Mapを見つつレストランがあるはずの場所についたのだが、どこが入り口なのか一瞬迷う。
19時のオープンまでカーテンが降りていて気が付かなかったようだ。よく見ると「Tracé」という看板がかけられていのだが。
外装は伝統的なメゾンのように派手だったり気取った感じではない。一見高級に分類されるレストランには見えない地味さである。
オープンと同時に同じく19時予約組と一緒に店内に通された。
内装も派手さは全くないが、テーブルの形や簾にかけられた稲や野菜にシェフのこだわりが見てとれる。テーブルクロスがないのも今風。
ホールのスタッフは愛想よく、堅苦しすぎずのちょうどいい塩梅の接客。
しかし、とにかくみんなキビキビと動く。ダラダラと仕事しているスーパーのレジ打ちとはえらい違いだ。
まず簡単なコースの紹介と飲み物について説明を受ける。
ちゃんと英語で話してくれるので安心・・・なのだが、とにかくフランス人は早口なので料理の説明への理解がなかなか追いつかない。
その上、材料の名詞がよくわからんのが多くて内容が入ってこない。なので聞き取れる部分だけ拾い上げることとした。
妻は疲れてワインを飲む気力がなかったので、私だけ14ユーロくらいのル・フィエフ・ノワールのラム・ドゥ・ファンドという白のグラスワインを頼む。
ちなみにアルコールペアリングもインスタントコースだと3杯で40ユーロからのようなので良心的だ。
頼んだワインはまずテイスティングさせてもらえる。雰囲気はカジュアルなのに気配りはしっかりしている。
この頼んだワインが美味しい。口当たり良くかつ後味がとにかく爽やかで、その気になればいくらでも飲めてしまいそうだ。
最初に一口サイズのお通し的なものが出てきた。アクラというカリブ海の料理で魚をフライにしたものらしい。
口に入れるとスパイシーな魚のから揚げの風味が広がる。日本人的には慣れ親しんだ味わい。
これが一品目なわけではなく、あくまでお通し。
次に出てきたのがスープ、というか様々な食材から抽出したエキス。説明からすると出汁にチーズや味噌などを混ぜ込んでいるようだ。
飲むと素晴らしく複雑な味わい。この自分では再現困難なスープを飲むのがフレンチレストランの醍醐味。
すっぱい酢漬けの大根らしきものが側面に貼り付けられている。それを剥がしてスープと一緒に飲むと味変となって良い。
3皿目は泡の上にホタテらしき貝が乗ったもの。泡の下には野菜が敷き詰められている。
説明を聞いてもよく分からなかったが、シェフのインスタを見るに「ヘーゼルナッツ/味噌/発酵アスパラガスの2023年のサンゴメレンゲとバーベキューローストカセット」らしい。
その説明を見てもなおよくわからないが、たしかに泡からは仄かな味噌の風味がした。シェフが日本人シェフの店で働いていたらしいのでその影響もあるのかも。
敷き詰められた野菜がギリギリ焦げた具合で仕上げられているのが印象的。焦げの苦味も一つの味付けというところだろうか。
次に出てきたのも説明はよく分からなかったのだが、件のインスタでは「代表的な乾燥セロリのシチュー、ボタンマッシュルームのクリームとオイスターリーフで戻しました」とのこと。
やはりなかなか脳が追いつかないが、味としてはセロリ特有の苦味はない。
ソースと絡めて食べると美味しいのだが、結構分量があり、メイン前に満腹になるわけにもいかないので二人とも残してしまった。すみません。
次はいよいよメインの一皿。私は鳩肉、妻は魚を事前に選択していた。
ポイントとしてここで初めてパンが登場する。肉と魚で提供されるパンが異なるのがポイント。
当然どちらもめちゃくちゃうまい。比較的あっさり系の魚料理のほうがやや甘めでしっとりしていた記憶。
フランス料理のコースではパンは大抵お通しの前後に出てきて、その後店によっては何回かパンが提供されたりするものだが、この店はこの一回(8品コースの場合はまた別かもだが)。
パンでお腹いっぱいになってしまったら本末転倒ではあるが、イノベーティブ系のレストランってそういう感じなのだろうか?
パンをたくさん食べたい人にとってはマイナスポイントかもしれない。
鳩肉を食べたのは初めてだが、これがすこぶる美味い。

生肉は正直得意ではない私でもイケる程に絶妙な野生の香りと赤身の旨味が広がる。
散りばめられている野菜は多様な食感。
鳩肉自体の質がいいのか、鳩肉を極上のテクニックで調理するとこうなるのか。

ともかく鳩を見かけるたびに美味そうだと感じる様になってしまった。
実際日本の都会を歩いてるようなドバトの肉は不味いのだろうが・・・。
魚料理の方も秀逸。妻はあまり食べられなかったため私とシェアして食した。
魚は日本でもよく使われるヒラメ。しかし素晴らしい火入れで色は白く透き通っていてともかく上品な味がする。
ちっこいムール貝の身が添えてあり、そこに粘度の低いソースを注いでもらう。このソースに今回一番フランスのエスプリが見て取れた。
上品な食感の魚にオイリーでコクがあるソースをかけることでバランスを取っているということか。
こちらもペロリと行けてしまったのだが、シェフのインスタの説明にある「コールラビキムチ」が一体どこにあったのかが未だに不明。
次に5皿目のデザート。「タルトタタン、バターナッツ/メースのシャーベット、メープルクラウド」
黄色い部分がタルトタタンでメープルクラウドが薄い煎餅状の部分だろうか。
シンプルではあるものの、単に甘ったるいわけではなく、しっかりと複雑で大人向けの味わいを提供してくれている。
最後にソルベが登場。いやこれ実質7品でしょ。
これは一見なにかの乳のシャーベットかと思いきや、なかなか癖のある味わい。私は結構イケたが、妻には苦手な味わいようだ。
説明では原材料について漠然としか理解できなかったので調べたところ、「メドースイートのアイスクリーム、花粉のインサート」だという記事を発見。
どうやらナツユキソウというアーモンドの風味がする花が食材とのこと。
シェフの思い入れのある一品というような説明を受けた記憶があるので、スペシャリテなのかもしれない。
食後には特にコーヒーや紅茶は提供されず。飲みたい人はご自由に追加で注文してくださいということなのだろう。
さすが型にとらわれない・・・と思いきや、デザート前のチーズは希望すれば提供してくれるようだ。このあたりはチーズ大好きフランスらしい。
お会計の時には箱にレシートと一緒に謎の小瓶が入っていたが、これは持って帰っていいらしい。
総評としては、料理の質やサービスの良さではいくつか行った星付きレストランと比べても全く遜色はない。
評判通り北欧や日本の料理のテイストを取り入れた先端の料理が味わえた。
一方で店内はカジュアルでビストロやブラッスリーに近い。

ドレスコードも緩いので、観光後にわざわざカチッとした服装に着替えてから向かう必要がないのはありがたい。
近所のスーパーに買い物に行くような格好で来ていた東南アジア系の客もいた。スタッフもTシャツを着てるし自分も革ジャンで行ったくらい。
ミシュランは純粋に料理を評価するとか言いながら結構他の要素も気にしてる感じなんで、星の獲得までは厳しいかも?
立地、スタッフの質はともに申し分なし。英語はリスニング力だけでなく食材の単語もインプットしておかないと説明の理解は厳しい。
トイレは地下にあり、そこにはおそらく下ごしらえ用の?キッチンやワインセラーもある。言えば見学もできるそうな。
という感じで期待通りの凄く良いレストランなので、みなさんもパリに行った際は足を運んでみてください。