子育ては大変だが
楽しかった
参考になるもは 真似てみたりした
なかでも 読み聞かせは ずっとやっていた
それが良かったかは 分からないが
子供は 何故と 思うと 質問してきたり
色々な事に興味持ったり
成長が感じられた
2人目の妊娠がわかった時点で
上の子供は保育園へ入れていた
出産で入院している間みてもらえる人が いなく
旦那も仕事が休める状態ではなかった為
保育園へ相談して決めた
今のように待機児童問題はなく 当日は
幼稚園へ入れる方が多く 簡単に入れた
産後退園して 幼稚園へ入れる事も視野に
入れていたが ある事から 物事が動き始める
同居から 借家へ引っ越す際に
旦那の両親へ手紙を残してきた
将来必ず戻る と いうこと
長男で やはり 昔のしきたりが
根付いているので
仕方がないと 思っていたし
いつまでも借家住まいという訳にも
いかない
うえの娘が小学校へ入る前には
考えなければと 思っていた
そんな中 景気の影響もあって 金利がさがり
政府も家購入の際 の 免除が話題になった
旦那と話合い 家を建てる計画を立て
私は 下の娘も保育園へ入れ パートにでた
でも すぐにすぐ とは 思ってなく
上の子が小学校に入るまでに と
考えいた
借家に 時々顔を出していた 旦那の
母親は いつも留守に なっている事に
疑問を持ち 旦那に聞いてきた
旦那は パートに出ている話をした
もちろん なぜパートに? と なる
家を建てる計画を話した
すると あれよあれよと 言う間に
直ぐに建てる話になっていった
どこか他に 建てられたら 困ると思ったのか
敷地は どっさりあるのだから と
先手を打ってきた
そうなると 大変なもので
建築会社の指示もしてきた
でも 私は どうせ建てるなら 色々調べ
資金に合う物の中で 良いと思う物を選び
自分の希望に合う物を選びたかった
だって 安い買い物ではない訳で
長い間借金をして 一生に一度の買い物
いろんなことを考え 設計して
好きな様に 作りたかった
団地住まいで育った私としては
大きな夢と憧れでもあった
私達は 色々なハウジング会社を回り
ある会社を選んだ
しかし
パンフレットを見た 父親は 直ぐに却下
私はすごく気に入っていたので
その会社が良かったが
こじれて 父親に 勝手に決められるのが
嫌ったので 父親から許可のでた
ハウジング会社に決めた
パートで働いて 頭金を貯める予定だったが
足らない資金は援助するから
直ぐ建てろ!
旦那と両親の中で 援助の話は決まり
私の思いはかなり妥協して
家は建てられた
同じ敷地内ではあるが 別棟
腹立つことはあったが
我慢した
住み始めて間もなく
家から数十メートル離れたところで
父親が交通事故に遭った
即死状態だった
相手は近所の人だった
越してきたばかりで…
悪いことは続いた 私の兄が
突然死…
そのひと月後 実家の父が倒れた
脳梗塞だった…
命はなんとか助かったが 思い後遺症が
残った
私はパートを辞め 実家の父の介護に
くれた
病院からリハビリ施設へ移り その後
施設 病院 施設 病院 と
入退院を繰り返しながら 五年
父も亡くなった