義理母の善意に疑問を持ち始めた頃







どうして重く感じてしまうのかと







私自身を責めた







色々と考えてはまた考え直したり







義理母の善意を受け取り続けられるのは







「幸せな事」だと





「有り難く、助かる、恵まれている」とした






量が多過ぎるのはご愛嬌






その都度、義理母と数時間話すのは当然の事







だってこんなに頂いてしまっているのだもの






義理母はお返しは要らないと頑なだし






でも何もしないと言う訳にはいかない






ではせめてお礼の電話を…






会えない代わりに

義理母と電話で話す事に時間を費やし
罪悪感を消す






お礼を伝えて






義理母の話を数時間
聞くだけでいいなんて
良かった






そう思った








でも小包の度に数時間話す事が習慣になると








私は違和感を感じ始めた








義理母は逆だった






何度も電話を切ろうとしても切らない義理母





やっと切れるタイミングになる頃には
私は喉を酷使し過ぎている





でも義理母は







「またすぐにね〜」

「いつでも電話して来てね、こっちは暇だから」

「小包送りました!また話せるの楽しみにしていまーす」




義理母は一度も電話はもういいよとは言わない







話尽くしていないのだろう








私が感じる違和感なんて
伝わるはずが無かった








私はある時から






義理母に小包を受け取りましたとメールで返す事にした






夫にも伝えた





夫は自分が不在の時に私が義理母と数時間話している事を知った








そして同じく小包はもう十分です、控えて欲しいと返信した







すぐに返って来た義理母からのメールには
私の気持ちへの理解は無く
義理母の気持ちばかりが溢れる内容だった





「善意」に溢れているメール






義理母には何も伝わらない






悲しかった