中間性というと、単純に性別のことが想起されると思う。
現代はファッションをはじめとして草食系男子、肉食系女子など、若者を中心としてユニセックス化やアンチセックス化という現象が広がっていると言われている。
これをユニセックス化、すなわち性の意識、あるいは性の区別がなくなってきていると捉えるか、あるいはアンチセックス化、すなわち性の意識や区別への抵抗と捉えるかは意見の分かれるところであるが、ひとまずはっきりとした男らしさや女らしさがなくなってきているというのは客観的事実のようである。
(ちなみに個人的には必ずしもこういった現象が起きているという風には捉えていない。)
かくして芸能業界でもそれを反映してか、数多くのオネエ系タレントが誕生し活躍している。
しかしながら、彼ら(彼女たち)が反映しているのは、単純に性の中間性なのだろうか。
ここで考えられるのが、芸能界におけるもう1つの重要な対立軸が反映されているのではないかということである。
それは、”造形美”と”自然美”の対立である。
タレント、アイドルでは特に、造形美と自然美の流行が時に交互に繰り返され、時に共存してきた。
特にアイドルでは、アイドルとはマネジメントによって作られた存在であるというのが大勢であり主流であったと思う。
例を挙げればきりがないが、70年代におけるピンクレディーなどは作られたアイドルの究極系であったのではないかと思う。
(もちろんこれは、”スターを創る”というスター誕生のコンセプトが究極的に実現された結果であり、70年代芸能界最大の成果であると思う)
80年代アイドルを自然美と呼ぶことはできないが、しかしながら70年代に確立されたアイドルの造形美に対するアンチテーゼを感じることはできるだろう。
歌番組やバラエティー番組の興隆も手伝い、70年代アイドルに比べるとアイドルが”素”を見せる機会も多かったのではないかと感じる。
また違う例を挙げれば、2001年頃から本格化した女性アイドルの興亡も造形美と自然美の興亡という捉え方が可能である。
はじめに流れを掴んだのは、イエローキャブ所属のタレント達であり、彼女たちは自分たちの恵まれた体を生かしてグラビアアイドルという存在そのものを確立させた。
(もちろんこの影には素晴らしいマネジメント陣の努力や彼女たち自身の多大な努力があるわけだが、彼女たちが表現していたものは紛れもない自然美であった。)
こうした自然美の流れを転換させたのは、ピラミッド所属のグラビアアイドル達を中心とする造形美の勢力だった。
安田美沙子、夏川純、熊田曜子に代表される彼女たちが目指したのは、徹底的に”よく見せる”ということだった。
あえてわざとらしい言動もする。ポージングもする。見た目のキャラとは違うことも目立つためなら積極的にやっていく。
こうした姿勢は女が男に媚びるとも受け取られ、また造形美の強調は男性からも必ずしも受け入れられなかった。
しかし造形美を追求する彼女たちは次第に世の中の支持を受けていく。造形美を極めたのは、ほしのあき、その人である。
彼女の造形美は男性だけではなく、次第に女性をも魅了し、その支持を広げた。しかしその後はまた自然美へと方向が引っ張られていく。
造形美が完成されていく頃から起こり始めた若手女優ブームは、自然美へと人々を回帰させるのに十分だった。
女優という性格上、彼女たちは造形美に軸足を置かざるを得なかったが、彼女たちのかわいさや美しさ、あるいは演じる役での自然な演技が等身大の魅力として人々に伝わっていたことは言うまでもない。
そして時を経て今度は自然美が究極的に完成される瞬間がやって来る。それがおバカキャラブームである。
彼らには計算という言葉はない。ただありのままの姿をテレビに晒しているだけでそれが人気となる。
彼らの素直さ、裏表のないキャラクターは若者や女性といった従来アイドルやタレントブームを牽引してきた人たちだけではなく、中年以上の層も広く取り込むことに成功し、嗜好の細分化と呼ばれる昨今にあって全世代的な人気を獲得した。
話を元に戻そう。
このように、芸能界では自然美と造形美が対立や共存を繰り返しながらも常に存在してきた。
そして今、オネエ系タレントはこの中間性をも体現している存在となっているのではないか、そう考える。
オネエ系タレントは、見た目に非常に気を遣っている。それは時に女性が感心する程である。
女性に近づこうと整形、メイクなど様々な方法を駆使し、所作にいたるまでを完全に造り込んでいる。(個人差はあるが)
しかしながら一方でオネエ系タレントの魅力は、物怖じしない言動にある。
誰に対してもズケズケと物を言うという部分は、オネエ系タレント共通の魅力でもある。この点においては先述したおバカタレントと同様の自然美を見ることができる。
オネエ系タレントにおける造形美と自然美の共存という意味での中間性もまた、現代において受け入れられる大きな要因と言えるのではないだろうか。
単純に世間の流れを反映してユニセックス的な存在として登場しているのではなく、造形美と自然美という芸能界における2大要素を共に持ち合わせているという稀有な存在として珍重されているのかもしれない。
現代はファッションをはじめとして草食系男子、肉食系女子など、若者を中心としてユニセックス化やアンチセックス化という現象が広がっていると言われている。
これをユニセックス化、すなわち性の意識、あるいは性の区別がなくなってきていると捉えるか、あるいはアンチセックス化、すなわち性の意識や区別への抵抗と捉えるかは意見の分かれるところであるが、ひとまずはっきりとした男らしさや女らしさがなくなってきているというのは客観的事実のようである。
(ちなみに個人的には必ずしもこういった現象が起きているという風には捉えていない。)
かくして芸能業界でもそれを反映してか、数多くのオネエ系タレントが誕生し活躍している。
しかしながら、彼ら(彼女たち)が反映しているのは、単純に性の中間性なのだろうか。
ここで考えられるのが、芸能界におけるもう1つの重要な対立軸が反映されているのではないかということである。
それは、”造形美”と”自然美”の対立である。
タレント、アイドルでは特に、造形美と自然美の流行が時に交互に繰り返され、時に共存してきた。
特にアイドルでは、アイドルとはマネジメントによって作られた存在であるというのが大勢であり主流であったと思う。
例を挙げればきりがないが、70年代におけるピンクレディーなどは作られたアイドルの究極系であったのではないかと思う。
(もちろんこれは、”スターを創る”というスター誕生のコンセプトが究極的に実現された結果であり、70年代芸能界最大の成果であると思う)
80年代アイドルを自然美と呼ぶことはできないが、しかしながら70年代に確立されたアイドルの造形美に対するアンチテーゼを感じることはできるだろう。
歌番組やバラエティー番組の興隆も手伝い、70年代アイドルに比べるとアイドルが”素”を見せる機会も多かったのではないかと感じる。
また違う例を挙げれば、2001年頃から本格化した女性アイドルの興亡も造形美と自然美の興亡という捉え方が可能である。
はじめに流れを掴んだのは、イエローキャブ所属のタレント達であり、彼女たちは自分たちの恵まれた体を生かしてグラビアアイドルという存在そのものを確立させた。
(もちろんこの影には素晴らしいマネジメント陣の努力や彼女たち自身の多大な努力があるわけだが、彼女たちが表現していたものは紛れもない自然美であった。)
こうした自然美の流れを転換させたのは、ピラミッド所属のグラビアアイドル達を中心とする造形美の勢力だった。
安田美沙子、夏川純、熊田曜子に代表される彼女たちが目指したのは、徹底的に”よく見せる”ということだった。
あえてわざとらしい言動もする。ポージングもする。見た目のキャラとは違うことも目立つためなら積極的にやっていく。
こうした姿勢は女が男に媚びるとも受け取られ、また造形美の強調は男性からも必ずしも受け入れられなかった。
しかし造形美を追求する彼女たちは次第に世の中の支持を受けていく。造形美を極めたのは、ほしのあき、その人である。
彼女の造形美は男性だけではなく、次第に女性をも魅了し、その支持を広げた。しかしその後はまた自然美へと方向が引っ張られていく。
造形美が完成されていく頃から起こり始めた若手女優ブームは、自然美へと人々を回帰させるのに十分だった。
女優という性格上、彼女たちは造形美に軸足を置かざるを得なかったが、彼女たちのかわいさや美しさ、あるいは演じる役での自然な演技が等身大の魅力として人々に伝わっていたことは言うまでもない。
そして時を経て今度は自然美が究極的に完成される瞬間がやって来る。それがおバカキャラブームである。
彼らには計算という言葉はない。ただありのままの姿をテレビに晒しているだけでそれが人気となる。
彼らの素直さ、裏表のないキャラクターは若者や女性といった従来アイドルやタレントブームを牽引してきた人たちだけではなく、中年以上の層も広く取り込むことに成功し、嗜好の細分化と呼ばれる昨今にあって全世代的な人気を獲得した。
話を元に戻そう。
このように、芸能界では自然美と造形美が対立や共存を繰り返しながらも常に存在してきた。
そして今、オネエ系タレントはこの中間性をも体現している存在となっているのではないか、そう考える。
オネエ系タレントは、見た目に非常に気を遣っている。それは時に女性が感心する程である。
女性に近づこうと整形、メイクなど様々な方法を駆使し、所作にいたるまでを完全に造り込んでいる。(個人差はあるが)
しかしながら一方でオネエ系タレントの魅力は、物怖じしない言動にある。
誰に対してもズケズケと物を言うという部分は、オネエ系タレント共通の魅力でもある。この点においては先述したおバカタレントと同様の自然美を見ることができる。
オネエ系タレントにおける造形美と自然美の共存という意味での中間性もまた、現代において受け入れられる大きな要因と言えるのではないだろうか。
単純に世間の流れを反映してユニセックス的な存在として登場しているのではなく、造形美と自然美という芸能界における2大要素を共に持ち合わせているという稀有な存在として珍重されているのかもしれない。