左手を優しく、けれど、振りほどけないほどには力を込めて握られたまま、ぼくはギイにひっぱられるように歩いていた。
事の起こりは昨日の夜。
ニューヨークにあるペントハウスで、母の日の話になった。
『日本の習慣だけど、明日、母の日なんだよね』
『母の日・・・託生?それ、日本の習慣じゃないぞ。もともと、世界中にあるけど、日本のは確か、アメリカ発だ』
『え?そうなの?ぼくてっきり日本のかと思ってた』
『毎年、母さんからのおねだりが大変なんだ』
ギイは少しうんざりした顔をみせる。でもどこか嬉しそうで誇らしそう・・・。
母さん。
最後にあったのは、去年の墓参りの日。
偶然会ってしまって・・・また、傷つけた。
『ギイは頼ってもらえて嬉しそうだよね・・・でも、ぼくはあの人を傷つけてばかりで・・・』
『託生?』
『なんにもしてあげられない』
『託生。母の日は、なにかをしてあげる日じゃなくて、感謝を伝える日だよ』
『・・・感謝?』
『そう感謝』
『感謝なんて・・・』
どうして、お前なんか産んだんだろう。
お前は私の子どもじゃない。
汚らわしい。
罵られた声。
冷たい瞳。
思い出すのはそんな母の姿ばかりで・・・でも、そんな風に言わせたのも、ぼくなんだよね・・・。
『・・・託生。行こうか』
行こうか、そう言ったギイにどこへ、と問う間もなく、プライベートジェットに押し込められ、気がつけばぼくは、生まれ育った町に立っていた。
「ギイ。ギイってば!こんな急に、うちなんか行ったら、母さんびっくりするよ!きっと、嫌な顔して・・・ギイ?ちょっ、ギイ!」
ギイはぼくの抗議など、聞こえないみたいに、途中の商店街で買った一抱えもある真っ赤なカーネーションをぼくにほら、と渡すと、実家のインターフォンを押した。
居ませんように。
思わず願うけれど、パタパタ、とスリッパの音がして、「はーい」と母さんの声がした。
ぼくは、絶望感に軽く目を閉じる。
あの、がっかりしたような、冷たい顔を見たくないんだ。
ガチャ、と玄関があき、中から懐かしい家の匂いと、ぼくの好きな煮物の匂いが漂ってきた。
ギイが、繋いでいた手をそっとほどき、背中にあてた。
ほら、とせかされているようで・・・ぼくはごくり、と息をのみ、ええい、ままよ、と、下を向いたまま花束を差し出した。
「あの、これっ、母の日っ、だから・・・」
「託生・・・」
ふわり、と柔らかな腕が、ぼくに回され、慌ててカーネーションの花束をよけたぼくの身体を母が抱きしめた。
「おかえりなさい」
「・・・母さん・・・」
こんなに、母は小さかったろうか。
見下ろした母の髪に白髪が混ざっていて・・・流れた年月を思い出させる。
あの日からぼくは、母と向き合ってなかったんだな、と・・・改めて気づいて。
「元気そうね、託生。お花をありがとう」
母さんは、カーネーションの花束に顔を埋めるようにして微笑んで、それから、ギイを見た。
「いらっしゃい。託生をつれてきてくれてありがとう」
「喜んでいただけましたか?」
「ええ。息子からの花束も、もう一人の息子からのプレゼントも・・・とても」
もう一人の、息子?
「母さん、それって」
思わず声をあげたぼくに笑って見せて、母さんは、さあ、どうぞ、と、ぼくたちを家のなかに招き入れた。
「託生の好きなもの、たくさん作ったの。食べていくでしょう?」
「母さん、知って・・・?」
「連絡もらったから。崎さん、お約束のものはリビングに出してあるから、どうぞゆっくりしてね」
「ありがとうございます」
ギイがにっこり笑い、リビングにはアルバムが積み重ねてあって・・・ぼくは、軽いめまいとともに、赤い花束を活ける母と、嬉しそうなギイを交互に見ながら、零れ落ちる温かな涙をぬぐった。