朝方8時半過ぎまで日記の書き直しをしていた記憶があるがそこから30分ほど記憶がない。
うっかり寝てしまったようだ。
ボクのマックは省エネ設定になっており、一定の時間が過ぎると画面が落ちるようになっている。普通ならトラックパッドかキーのどれかをいじると立ち上がるのに、この時なぜが反応がまったくない。おかしいなと思いながらも、再起動させる。

その直後「やらかした!」と思ったが時既に遅し。

保存をしていなかった為、5時間以上かけ文章を考えながら打ち込んだ日記がパァ。
なんともマヌケな不注意で睡魔と戦いながら書いたモノがすべて飛んでしまった。
再び書こうにも文章を全部覚えちゃいない。
自分 に腹が立って頭を掻きむしっていると、tomolennonがムクッと起きて「どうした?」と聞く。
事情を説明すると

「じゃあ、あともう30分くらい寝なよ。時間になったら起こしてあげるからさ」と言う。

自分の馬鹿さ加減に嫌悪感を抱きつつ横にならせてもらう。
tomolennonに起こされシャワーを浴 び、ムリヤリ頭と体を起こす。
図書館への道すがら
「保存はマメにしないとダメだよ。オレも何回か痛い目みてるからね」とアドバイスをもらう。メールと日記 の更新をした後、消えてしまった分の再構築を始める。その間tomolennonはBook offへ。


-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-


記憶を頼りに思い出して書こうとするが
昨日のKABAちゃん状態で、記憶がとぎれとぎれで一向にはかどらない。
1時半になり tomolennonはボクを迎えに来た。
今日は2時に週刊NY生活の三浦さんのオフィスに伺う事になっていたからだ。
マックをしまい、三浦さんのオフィ スへ。

入り口でインターフォンを押す。
「どちら様でございましょうか?」と女性の方が出られた。
ボクは「あの私、飯沼と申します。あの tomolennonと一緒に三浦さんに…スイマセン」訳が分からない。幸い、三浦さんと言うのがキーワードになり「どうぞ」とドアをあけていただく。失礼しますと中へ入って行くと三浦さんが「あぁ、どうも」と顔を出してくれた。

三浦さんとtomolennonは初対面なので互いに「初めまして」と挨拶を していた。
先日の掲載のお礼を言い、記事を取り上げてくれた事で、励ましのメールをもらったり、丼屋で展示販売させてもらえる事になったという様な近況報 告をした。三浦さんはそれはヨカッタと喜んでくれた。tomolennonは三浦さんにどうやったらN.Y.のギャラリーで個展を開催出来るか聞いた。

tomolennonは過去ギャラリーへポートフォリオを持参し個展の依頼をしに行ったが、持っているにもかかわらずポートフォリオを封筒に入れて送れと 言われたと言う。つまり決定権のある上の人まで話が通る事はないという事だ。
三浦さんは「やっぱり知人の紹介か、もしくはどこかのギャラリーの会員になる しかないかも」と言う。三浦さんが展示した時は、たまたま夏休み前で、壁のある一面が空いていたので、絵本を出しているのであれば絵を書くんだろうと知り合いに言われ、絵を出したそうだ。

三浦さんは作品を展示したギャラリーにすでにアポを取ってくれていて、そのギャラリーのオーナーと話をしてみてはどう か?とtomolennonに言った。2時を過ぎ、我々は三浦さんと共にJM Galleryに向かった。オーナーと挨拶をし、ギャラリー内をグルリと見せてもらう。三浦さんは仕事があると言う事で先にオフィスへ戻った。

tomolennonはオーナーと話を始め、ここで個展をさせてもらうにはどうしたらヨイかと聞いた。オーナーは「年2000ドルが必要」と言う。 tomolennonの嫌いなタイプのギャラリーだった。オーナーが自分の目で確かめて展示の判断をしていると言う割には、展示してある作品の統一感がまるでないし、詰まるところ金だ。

そこを出た後tomolennonは「こういうギャラリーに来るといつも決まってこんな気持ちになるんだ」と言い不快感を あらわにしていた。週刊NYのオフィスへ戻ると三浦さんにパソコンを借りて、丼屋で使用する販促物を作成。ボクはその間、読んでなよと渡された日経新聞を読んでいた。

tomolennonは本を出版するにあたりどういった方法があるか聞いた。
彼は将来的に作品に活字を載せた画集を発表したいと考えている。
しかしN.Y.では、すでに本が出版されているか、何か賞をとっているとかがなければ名のあるアーティストでも出版はキビシイと言う。販促物をプリントア ウトしてもらうと、三浦さんは「電話して色々聞いてみるといい」と言ってtomolennonに何枚かの名刺をコピーして渡した。

それから、イラストレー ターの黒田征太郎氏にも彼の為に電話をかけてくれた。

お礼を言ってオフィスを出る。
ボクは図書館へ再び戻り日記の続きをした。
閉館時間に近付いた頃、 tomolennonが紀国屋から帰ってきた。
残念ながら完成までもう一歩の所で足踏み。
今日は時間がないのでとりあえず丼屋へ行く。食事を済ませた頃、 村田さんが来店された。tomolennonがお茶を持ってカウンターへ。ボクはタバコを吸ってから、マックを立ち上げ、作業の続き。しばらくして「ごち そうさまでした」と言い、村田さんにも挨拶をして店を出る。

「さっき、村田さんとなに話してたの?」と聞くと、お礼のあり方についてだった。
誰かに世話し てもらったとか、助けてもらった後、お礼を蔑ろにせず、物事の結果や感謝の気持ちを手紙やメールで伝えるのはとても大切な事だ。

tomolennonは
「25歳過ぎてから、お礼を言う事の大切さを知った。オレは3年前に亡くなった親父に『ありがとう』と言えなかった。一番言わなきゃいけない人だったの に」と言っていた。

でもきっと日本にいたらなかなか言えるもんじゃないと思う。
暗黙の了解みたいなところがあるから。
日本に歳暮、中元の制度があるって事がそれを象徴している。
欧米人の様に面と向かってありがとうと言えないからそういう形でお礼の気持ちを表しているのだ。
でもボクは、親兄弟でも『ありがとう』と言える事はスバラシイ事だと思っている。
そして何事にも感謝の気持ちを持つ大切さを改めて考えた。

Ata-Ruへやって来てゴハンをいただく。
今日 は初日にいただいたマーボー丼だった。
2週間前にココへ来た事を思い出す。

残りあと1回、なんだか複雑な気持ちだ。

-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-


ネットを借りてメールのチェック。
スパムが多くって困る。
8時に待ち合わせがあったので、サトウさんとマリアさんに「明後日また来ます。ごちそうさまでした」と言ってAta-Ruを後にする。

その後、急いでチェルシーへ。
今日からトロントでの共通の友人であるクミコちゃんが合流。
8時待ち合わせが、20分も過ぎてしまっている。
指定された場所 に迎えに行くと、閉店準備をしている店内でポツンをしている子を発見。

確保。

部屋に行く途中で、彼女は歯ブラシが欲しいと言ってコンビニへ寄る。
買ってし まった後で「向こうに99¢ショップがあるんですけど」と言うと「先に言え」と怒られた。ボクは99¢ショップでシャンプーとボディソープを買ってご満悦。


-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK- -A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-


部屋に入って3人でおしゃべりをする。
しばらくしてからtomolennonとクミコちゃんはロビーへ。
彼女はイーサンホークに会えるかもとミーハー丸出 しで降りて行った。
ボクは一人残って日記の作成。

明日はスペシャルナイトが待っている。とても楽しみだ。その為にも今日は早く寝よう。