母親日記なり。


私には年子の娘と息子がいます。
社会で自分のやれることをみつけられる
支障ない程度に人とうまくやれる
自分の人生を愛せる
そういう人になって欲しいと思っています。



そのために
チャレンジする、変化を掴む
ヒトに会う は
絶対やってほしいと ずっと言ってきました。
(だから宿題とか、やらなくても気にしなかった。
だって痛い目にあうのは本人だし。宿題と人間性と関係無いし。)
↑このせいで凄い点数取ってきたことがあるけどね・・・タメイキ。



ある思いがあって公立校に通わせていたんだけど
中学後半にさしかかって
子供達の全体環境にやっぱりうーむ・・・ということが出てきた。


もっと 自分の人生を変える友達や先生に会え!!
もっと ストレッチ(伸ばす)出来る部分があることを知れ!


という、もう人生後半戦にはいった親としての思いと


アメリカという格差社会でのお受験は
粛々と 小さい頃から分離されていくのだ、ということ。
(自由と平等、なんて、やっぱりラッキーが無ければ得られない。)


2年間子供達と話してきたんです。
本人達にも選ばせてみた。
でも子供の視点からは見えないモノってのが
やっぱりたくさんあるなぁ・・・ということで
先日から私立の学校を見始めたんですね。


当然お金はかかるけど
もともと教育って 絶対安くない。
学生時代を あれもやりたい、これもやりたいって
選べなくて困るほど、という選択肢
インスパイアされる先生や友達との出会い
それは1度外に出てみないと分からない。



うちは 私が高校まで公立で、
オットは中学である意味「絶望して」高校で私立に行きました。
私は私立大学でオットが国立大学。
公立私立の視点もそうだけど それ以上に
「いつ素晴らしい先生に出会ったか」
それはお互い 人生の転換点として覚えている。
スゴイ人に出会う、その意味をよく知ってる。



だからとにかく
今変えられるところを変えてみて
出会いを探しに行って欲しいと思うンです。
今日は夫婦で 最終的に候補にのこった学校をみてきました。
広くてオープンなキャンパス。
学業だけではなく芸術や運動といったところを
ものすごく重視するところ。
可能性があるなら 拾い上げて その道のプロの域まで育てよう
そういう気概を感じたし
実際 展示されたり制作途中の子供達の作品は 
可能性が花開く、という言葉がそこにみえるくらい。



特に娘には有無を言わさず転校、と言ってるのだけど
選択肢っていっぱいあるのだと
1日の多くの時間をだらだらと
ケータイ電話をもって過ごすのが勿体ない、と思うような
そんな沢山の選択肢に出会って欲しい。



私たちにとってもこの選択が
正しいかどうかはわからないけれど
出来あがったおもちゃではなく
ただの木ぎれと箱と紙、鉛筆を渡す
そんなチョイスを与えてみるつもりです。