モーツァルトの音楽は、嬉しいときに一緒に喜んでくれる音楽です。そして悲しいときには一緒に泣いてくれ、楽しいときには一緒に笑ってくれる音楽であり、そして寂しいときにはそっと優しく慰めてくれる音楽です。

私はウィーンで暮らすようになって、そしてこの年になって、ようやくモーツァルトのそのすばらしい音楽を理解できるようになってきました。

「モーツァルトの音楽は、嬉しいときに短調で、本当に悲しいときは長調で作曲したんだよ」

昔、ある先生がそんなことをおっしゃっていました。まだまだ学生だった未熟な私にはよく理解できず、ずっと心に引っかかって残っていました。

短調で嬉しい・・・は、今もまだピンとくることがなく、わかっていないのですが(具体的に例を挙げていただけば良かったなぁ!)、「悲しみの長調」これについてはやっと理解できてきたと思います。

今取り組んでいるヴァイオリン・ソナタへ長調、K377。

この第二楽章は、静かな悲しみをたたえたニ短調の変奏曲ですが、はじめのテーマから、モーツァルトは心の寂しさを打ち明け、涙を流しています。
特に第二変奏曲の第九小節から、ピアノとヴァイオリンは一緒にすすり泣き、第三変奏曲では大きくため息をついています。
第四変奏曲では、悲しみは怒りにかわり、絶望を感じ不安になっています。
それに続くニ長調の美しい第五変奏曲。ここで私は初めてモーツァルトの深い深い悲しみを長調の中で感じました。その悲しみは音楽という不思議な力によって浄化され、清められています。それは悟りというのでしょうか・・・許しというのでしょうか・・・聴くものにも弾くものにも優しい愛情を持って慰めを与えてくれるのです。
そして第六変奏曲はまたニ短調でかかれてますが、この最後の変奏曲は悲しみの性格も変化し、シチリアーノのリズムで軽やかな雰囲気に変っています。
おそらくモーツァルト自身も、この曲を通して、悲しみを乗り越えたのでしょう。

ーはやくピアノとこの曲を合わせたいものです。