みなさまに、私が10年前に読んで大変感激した文章をご紹介させていただきたいと思います。

今読み返しても、その言葉は説得力あるもので、そこから励しと勇気を頂きます。ああ、私も私に与えられた役目をがんばろうと、思うのです。

詩人・片山敏彦の「雲の旅」(みすず書房)より抜粋です。


「・・・・高いところから降りそそいで来る霊的な輝きを、芸術家の心が素直に受け取る杯の形をとるとき、その芸術家は、みずから聖者でないとしても聖性の感覚を表現することができるばかりではなく、またそれを表現する使命をも持つ。そのようなときの芸術家は、聖性の感覚と言う油を、自分がともす任務のある燈台にともす燈台守のような者である。遠い海のおもてまで達するその燈台の光は、闇の中をすすむ大小の船に、幸福の港へ向かう方向をさとらせるばかりではなしに、『現在自分がその光に照らされている』という直下の幸福感を、航海者たちに味わせるのである。

中略

・・・二十世紀の半ばにおける『聖性の感覚』は『音楽の感覚』を通じて日常生活の中に溶け込むことが多いのであり・・・中略・・・セシル(デュアメルのある話の登場人物)は、聖性と音楽との調和の感覚を通じて、魂の救い、すなわち幸福の方向へ、作者が、祈りを込めて投げ出した姿である。
デュアメルにとってはバッハやモーツァルトやベートーヴェンの音楽は現代の生活における聖性感覚の体験のために極めて適切で親しみの多い入り口なのである。・・・・」