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ホェバルト先生のシャコンヌのレッスンは、3年前に一度、見ていただいたことがありました。今回、12月にシャコンヌを再び聴いていただけることになり・・・前回のアドヴァイスを参考に、もっと上のレヴェルでの演奏をしなければ、受ける意味がありません。先生の超ご多忙な日々の中、私のために先生の貴重な一時間をとっていただくことは、とてもありがたいことだからです。

さて、まず一通り弾いたあとの先生の一言。
「トモコ、3年前に弾いたときよりも、様式感が身についてきているよ!」

そしてご自分のケースを開け、バロック弓を取り出して「これで弾いてごらん」と。

私には生まれてはじめてのバロック弓の体験でした。
いつも、モダーンの弓で弾いている私には、モダーンな奏法でバッハを弾きます。ところが、このバロック弓は元のほうでしか力は入れられず、先は右手の力を入れると音が「鳴らない」「弾けない」のです。先生は、その弓を通して、情熱的に120パーセントすべてを入れ込んで弾く私のあつ~いバッハに「引き算」を求められたのでした。その弓で元で弾くことにより、発音もはっきりしますし、とにかくベターっとは弾けません。和音もはじめにボワーンと弾いたら、後は力を抜いて楽器の響きを聞きます。この弓を通して、新しい発見の連続でした。今まで弾きにくかったところも、ああ、こうすればよいのか、と弓から教えてもらえます。
「初めての割りに、よく弾けたじゃないか!」と、先生も喜んでくださいました。

死の鐘・・・これは読まれた方はびっくりされたのでは、と思うですが、16世紀には教会では、ミサ用の鐘と、弔いの鐘と、二つありました。ミサと、お葬式のときに鳴らす鐘を区別していたのですね。それで、そこの3つつなぐAの音は、その鐘の響きである(実際に聴いてみたいと興味がでてきました)、と先生はお話され、ホルツバイン(Holzbein)の有名な版画を見せてくださいました。当時の考えでは、生と死は背中合わせのもの、明日の生きているかは誰もわからないというものでした。そういうった意味の含まった版画だそうで、高い地位の人も、農民も、死には身分関係なく、その版画のように表現されています。うまくご説明できませんが、とにかく・・・その鐘の音、ということにより、私は、そこのAの響きに大きなヒントを与えられました。

そしてさらに、「シャコンヌは人生そのものだよ。だから、過ぎ去った情熱は再びここではもう蘇らないのだ」と、第三部をあまりにも熱く弾きすぎた私に対して先生がおっしゃったことが、私にあのような解説を書くきっかけとなりました。

先生、素敵です。大好きです☆先生にまたレッスンしていただけるよう、先生から教えていただくことはすべて吸収できるよう、私は毎回真剣です!