大災害からもう直ぐ一ヶ月早かったか、遅かったか・・4月7日
夢ではないか、そんな感じが取りついてる私ですが、
余震で現実に取り戻される。
余震で現実に取り戻される。
この日は4.7あの最大余震が訪れた日です。
夜11時過ぎ震度7の大きな余震、家が全壊するか危惧しましたが
何とか耐え物も落ちず、壊れず踏ん張ってました。
平静さを取り戻したかのように見える街も
閉店の店、商品が少ないデパート、
薄暗いアーケード街、
何時もの活気が無い、寂しい、うつむき加減の人、人、
閉店の店、商品が少ないデパート、
薄暗いアーケード街、
何時もの活気が無い、寂しい、うつむき加減の人、人、
元気が出るように若い人達に託したいと思うこの一年。
4月中旬までこんな状態が続いた。
今私はこうして記録してますが、津波の被害に合われt方々は
もっと、もっと過酷な生活を今もしています。
仙台市内特に津波の被害の無かった地域では現在では普通に生活しています。
しかし負った心の傷、家の破壊、失職、沢山の悩みを抱えて居ます。
最近は自分達は良いですが子供、孫達の食に気を使い(放射能汚染)
産地を気にし出しました。
是から日本がどうなるか不安はつのりますが、仙台から逃げ出すわけには
いかない、頑張るだけです。
私達老人は戦後の混乱期を小さいながら体験し、
『何が無くとも草食っても生きられる』と豪語してたが、
そうは行かない事もハッキリわかった。
『何が無くとも草食っても生きられる』と豪語してたが、
そうは行かない事もハッキリわかった。
便利な世の中にどっぷりつかり、有る程度の
生活をし、私利私欲も人に負けないくらいに有り、
反省する事ばかりが発覚した私は、是からの
余生をどう生きるか大きな難題をぶつけられた感じがする。
生活をし、私利私欲も人に負けないくらいに有り、
反省する事ばかりが発覚した私は、是からの
余生をどう生きるか大きな難題をぶつけられた感じがする。
