最近、個性的な子供たちが集まってる

音の葉おんがくきょうしつです笑



みんなの感性がほんとにすてきで

どの子もそのままでい続けて欲しいと

願うばかり



だから

こうしよう

ああしてあげよう

というわたしのエゴは入れず

できる限り余計な教育しないで

その子のそのままをリスペクトしながら

感性の花を咲かせるお手伝いをする日々です



一人一人が

自分の感性をリスペクトして生きていくことは

これからとても大切なことだと思います



多くの大人が(わたしも)経験して来た

勝ち負けの世界は

優劣、点数、評価

目標を達成するために頑張る

達成できなければ負け

という調和とは全く逆の世界です



本当の調和、本当の幸せは

違いをリスペクトし合うこと



みんな人とは違う変わった部分があって

それはもしかしたら

普通じゃないからダメって思ったりしちゃうよね

(思わされたり?)



でも本当はその違いこそが宝で

自分にとってはマイナスなことが

人にとってのプラスあったり

人にとってのマイナスが

自分にとってはプラスのこともある



お互いが違うことで

思いやりや感謝が生まれる

決して戦うことのない優しい世界



自分に対しても同じ



わたし自身も

練習してこなくて良いなんていう

ちょっと変わったおんがくきょうしつやってるし

おんがくきょうしつの講師をしながら

アクセサリー作家の活動してるし

家事はほぼ母がやってくれて

好きなことしかしてない

なのに疲れやすくて

体力ない



そんな人と違う自分をリスペクトして

みんなと同じ「普通」を目指すのをやめたから

色々なことが

するすると流れるように

なったんだよね



今朝ふと、昔「普通」を目指していた時は 

人生うまくいってなかったな

と思いました



保育園時代

小学校時代

あらゆることが苦手



何が苦手だったのかな…



朝、時間に起きること

朝の登園、登校

学校の授業

食べられないものが多い給食



みんなと同じことができなくて

泣いてばかりいました

よく先生から「敏感すぎて困る」と

言われてました

 


そういうわたしをからかってくる子もいました

すごく嫌でした



学年が上がってくると

みんなと同じようにできない自分が

はずかしくて

5年生になったときを機に

みんなと同じように

「普通」を目指し始めたのを覚えてます



みんなと同じことをしていれば

からかわれない

安心

嫌な思いをしなくてすむ



出産してからも

わたしと同じ敏感な息子たちを

これでは世の中渡っていけないと

「普通」を目指して

(いや、むしろ普通以上を目指してました…)

子育てしてましたが

2人ともが不登校になってくれたおかげで



わたしにとっては

みんなと同じように「普通」であることが

敏感な自分を守るための

鎧だったんだなぁ

と気付かされました



「みんな違ってみんないい」が

心底思えたら

人、もの、こと

全てがありがたく

リスペクトでしかないです



みんなで調和の世界を生きましょう🌍




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