夫の風俗・デリへル・売春婦遊びの発覚は、
私にとっては青天の霹靂でした。
未知の世界に無理やり引き摺り込まれた様な、
そして、選りにも選って、その未知の世界が
自分の価値観の中では最低の世界だったこと。
しかし、全くあり得ない価値観の中でも、
学は多く貰った。
人は多くのものを乗り越えなければいけない、
毎日のように、
生きている以上・・・・
精神世界でも、先人の知恵の中にも、
とても多用されている言葉・・・
「自分を大切に、まずは自分を愛しなさい」と・・・
そんな言葉を思い出すときに、、、
私はまず一人の女性を思い浮かべる。
落合 信子さん(おちあい のぶこ、1944年 9月18日生まれ )
本日のお誕生日で、御年70歳ですね。
長野県 飯田市 出身、飯田女子高等学校 卒業、血液型A型。
タレント
落合博満さん の妻・落合福嗣 さんの母。
高校を卒業後上京し、貴金属の販売員を経て、ホステスをしていた
1980年 頃に、当時ロッテオリオンズ に在籍していた落合博満氏と
知り合い結婚、1987年8月20日に長男・福嗣が誕生、とのことです。
信子さんは御著書もあり、
彼女のご主人の操縦術、子育て論も、目にされご存じの方も多いでしょう。
ソープランド大好きなご主人が、
(堀之内のソープを全軒制覇するほど
ソープ好きだったロッテの選手)
「ソープランドが浮気かよ。
性処理ならいいじゃねえか。」
と言って開き直る、、、、、
>※「落合がそこまで開き直ってまかり間違えば、私に首を締められて半殺しにされかねない危険を顧みずに言うからには、ソープランドというのは、さぞやおもしろいところだろうと思った私は、それをわが家でやってみようと思い立ったのです。」
…凄い発想の転換ですね。
>※「落合が買ってきた男性週刊誌を“教材”に勉強し、夫婦生活についていかに研究不足かを思い知らされたので耳学問ながらソープの技術をマスターする。」
スケベ椅子やらほかのソープグッズを集め、そのうえで
「あとで、ソープランドごっこしてあげるからお客さんになりなね。」といって、家で泡姫ルックのソープ嬢並のサービスをした、という話です。
こんな言い回しで書いてある記事もある。
↓
>{亭主のソープ通いを辞めさせるには
「家でサービスするしかない」と自らソープに赴き
道具と技術を修得してきたというのだ。}
それからは、
それまで信子さんとほとんどHをしなかった落合さんが、
ソープランド通いを減らし
<ぴたりと止めたと書かれているものもある。>
お子さん福嗣君ができ誕生した、という。。。
落合信子さんは42歳で出産。、
高齢出産のきっかけは、家に送られた中傷のハガキ
「種なし落合、1億3千万もとって後継ぎがないでどうする。」
このハガキがきっかけで
子作りへの闘志を燃やしたということだそうです。
しかし、三回の流産、
それにもメゲず
高齢出産へ向けてチャレンジしたという。
また子育てエピソードでは、
いじめに悩んでた息子さんが、「死にたい」と言った時に
「じゃあ母ちゃんも死ぬ、どうやって死のうか」と言って
淡々と死ぬ方法を挙げていると、
どうでもよくなった息子さんは死ぬのを諦めたらしい、、とか。
落合さんの不倫疑惑の際には、
「ガッポリ慰謝料 取ってやる。落合 もそういうことは充分わかってますからね、これ以上バカなことをしないと思うわ。」
と言い放ったという。
もし地球が終わる時は家族三人川の字になって死のう、とも。
自分の立ち位置を踏まえ、色んな自分を演じ、家族を思い、
常に転んでもただでは起きない強さを持つ女性、
好き嫌いではなく、お見事だと思う。
夫は子供以上に手を掛けろ!
という威勢のいい声が聞こえてきそうだ。
子供が一番、夫が二番だった私には耳が痛い。
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