エッセイ② NY編 | orange pekoe ナガシマトモコブログ

エッセイ② NY編

⑵NY

 

 

 

はじめは、数珠繋ぎのように人に会っていった。

 

NYの人たちは本当にパーティーが好きで、毎週末のように誰かの家でホームパーティーがある。

そこに行けば、誰かとつながる。そしてまたその人のパーティーへ。

 

と、気づけば大量の友達ができていた。

 

 

私はワイワイするのも好きだけれど、基本は一人が平気、というかむしろ大好きなタイプだ。

こんなに友達ができまくるなんて体験は初めてだった。

 

 

NYに住んでいる人たちは基本、みんなどこか別の街から来ているから、

このタフな街でなんとか助け合って生きていこうよ、という思いやりを持っていた。

 

 

そして、目標がある人がたくさんいたし、やる気と、エネルギーに満ちていた。

そして圧倒的にフレンドリーな人が多かった、笑。

 

 

 

エネルギッシュで眠らん街すぎて一晩中ずっと明るいNY

 

 

 

私もなんとか新しいソロアルバムを、という思いを持ち続けながら、そんな生活を楽しんでいた。

 

 

 

ジャズクラブでは、日本だと大きな舞台でしか演奏しないようなミュージシャンが、

小さなクラブに自ら楽器と鞄を持ってやってきて、

さらりと演奏しては鞄を抱えて帰っていく、というような自然体な姿をたくさん見た。

 

 

ものすごいクオリティへの飽くなき追求と、

実験への挑戦から起こる摩擦熱の火花と、

継承されていく歴史の上に築かれる安心感と、

夜な夜な繰り返されることによる気楽さと…

 

音楽にまつわるあらゆる感情が渦のようになる夜のニューヨーク。

 

 

 

すごく音楽が、地に足がついていた。売れるための音楽ではなく、生活の中にある音楽だ。

 

 

 

NYでは毎晩あちこちでライブが観れる

 

 

 

 

アートも好きな私は、チェルシーという地区に山ほどあるギャラリーに足繁く通った。

 

アートと一口にいっても色んなジャンルがあるが、

私の中ではアートってとてもおしゃれでかっこいいものだった。

 

実際、MOMAみたいな大きな美術館も、

セレクトのセンスがよくて、なんてスタイリッシュなんだ!とワクワクした。

 

 

”芸術”とか、”絵の歴史の勉強”みたいな、遠くて大それたものじゃなくて、クールで素敵で、見る人にエネルギーを与えてくれるもの、そんなふうに扱われている気がした。

 

 

街角や、行く先々のお店で、最先端のアートがさりげなく日々の私たちの生活を飾る。

もっと身近なんだ。

 

 

 

遠出して彫刻を見に行くことも

 

 

 

 

温かい人たちとのつながりのおかげで、

マンハッタンのジャズクラブやライブハウスで、orange pekoeとしてのバンド編成ライブや、

ソロのライブをしたり、

 

さらに、フィーチャリングボーカルとして、老舗のジャズクラブのバードランドの舞台にも立たせていただくなんていう、ありがたい経験もさせていただいた。

(楽屋でサラ・ヴォーンの写真を見た時は、身が引き締まる思いだった。)

 

 

 

NYでのソロライブ Rockwood Music Hallにて

 

 

 

その合間に、

ブルックリンの外れまで電車を乗り継いで、毎週、子供のようにピアノを習いに行ったり、

 

様々な人種の若い子たちの間に紛れて、作詞のワークショップへ通ったり。

 

おまけに、抽象画のクラスに出席して、絵まで描き始めた。

 

 

 

 

こうして、多様性の中に溶け込み、

 

音楽とアートと、それを愛する人たちにまみれ、

 

古くて狭いアパートや汚い街角の中でも逞しく夢を見て、自由を謳歌しようとする人たちの間で、





私の傷ついた魂は、少しずつ回復していった。

 

 

 

 

もちろん、楽しいだけじゃなかったけれど。

 

 

過去の自分のトラウマに向き合って、癒しを進めることも並行してずっとやっていた。

 

 

そして、1年半ほどの移住の予定が、気づけば2年も経ってしまっていた。

 

 

 

ブルックリンらしい煉瓦造りの街並を歩く

 

 

(つづく)