はじめまして!
花粉症・ぜんそくで悩む
おとな女子のための駆け込み寺

アレルゲンともこです。

 

私は、
•    管理栄養士
•    分子栄養学認定カウンセラー
•    認定オーソモレキュラー・ニュートリションプロフェッショナル
•    PNTトレーナー(栄養療法×心理学)
•    ビジネス選択理論検定2級

の資格を持っています。


もともとは、
病院の入院食調理や
生活習慣病の方への栄養指導をしていましたが
分子栄養学に出会い、
さらに脳科学や心理学も使って心にもアプローチして

体調を改善した先に

なりたい人生を自由に選べる!

ということをカウンセリングや講義でお伝えしています。


今回は
 
●私がなぜ今の活動をしているのか
●私の生い立ちと人生観
●どんな想いで管理栄養士になったのか
●これからのビジョン、展望
 
について語りますね。
 
 

私は、生まれも育ちも
神奈川県横浜市。いわゆるハマッ子です。

現在、

フリーランス管理栄養士として
個別カウンセリングを実施するほか、
・オンライン栄養カウンセリング
・セミナー講師
等の活動をしています。

栄養療法クリニックで
ぜんそく・アレルギーを持つ患者様への栄養指導を
5年半で5,000件以上経験し、

栄養の講座をはじめ、
心理学や、セルフマネジメントの講座など
延べ300万円以上勉強に投資してきました。

・・・ここまで聞くと
「真面目で勉強家なんですねえ~」
思われたかもしれませんが、

数年前までは無目的無目標で、常に自信がなく
勉強が好きだったわけではありません(笑)



それは私の幼少期の環境が影響していました。

小学生の頃の私は、
公立小学校なのに、なぜか周りがお金持ちの子が多くて
欲しいものをなんでも買ってもらえていました。

私の両親は教師で、
大変厳しく育てられたので
テレビゲームや自転車を買ってもらえず。
21時以降のテレビ禁止のため学校の話題についていけず。

友達の家でゲームをさせてもらって、
自転車の友達の後ろを走って追いかけて遊んでいました。

「智ちゃんと遊んでもつまんない。」と言われ
放課後、私だけ誘われなかったり、
仲間外れにされることも多かったです。

「ゲームさせてやるから、○○しろ。」
みたいな命令に従ってへこへこする「しもべキャラ」が定着。

 

跳び箱も逆上がりもできず

足も遅かったので体育は地獄でした。



「みんなより格下の自分」という
自己イメージがどんどん刷り込まれていきました。


 

中学生の頃は、
帰宅部(放送部)で
することないのに勉強はせず←

放課後は即直帰して
ドラマの録画・再放送ばかりみる無気力な毎日。

 

疲れていないはずなのに、
学校から帰ってドラマを見る以外何もできない。
土日は昼過ぎまで寝ていました。



ちゃんと聞いてるのに

授業中先生から「集中しなさい!」と怒られ、

私がいると皆に迷惑がかかるという思い込みがあっていつも一人だったので

担任との面談で「友達はできそうなの?」と本気で心配され、
塾から親に「智子さんをちゃんと勉強させてください・・」と
個別で電話がかかってくる。


一番体力のある年代のはずなのに、

いつもぼーっとしていて、
何の気力もやる気も沸かない状態だったのを覚えています。

クラスの大縄跳びでひっかかって迷惑をかけたり。

自分に自信がなくて人生を諦め、
口癖は「私なんてどうせ出来ない」でした。


花粉症を発症したのはこの頃です。
鼻水が滝のように流れてティッシュが手放せず
鼻の下はいつも真っ赤でひりひり。

鼻が両方つまって話すのが苦しかったり
眼は取り出して洗いたいほどかゆく、
薬を飲めば副作用でぼーっとして勉強に集中できない・・
15年間、春はいつもしんどい思いをしていました。


この無気力さ・無限の眠気・花粉症
これらは10代からアラサーに至るまで続きました。

「私はやる気のない人、花粉症は体質でしょうがない!」

と思っていたことが
まさか栄養状態に影響しているとは全く思いませんでした。


根暗でいつも1人だった私も

イチから人間関係をリセットするために

小・中学の知り合いが誰もいない高校を選びました。

高校生の時も
「私に一般入試なんて、絶対に無理ーー!!」
と受験をはなから諦め。

「私に運動なんて、絶対に無理ーー!!」
でもドラマのような部活の青春を傍で感じたくて
テニス部のマネージャーをやっていました。


絶対に指定校推薦で入れる大学の中から
なんとなく、「食べるのが好き💛」
という安易な理由←
で選んだのが、管理栄養士の大学でした。

なんとなーく選んだ大学なので
サークルで飲んだくれ、バイトに明け暮れ、
授業中寝る・サボるは当たり前で身が入らない日々。




そんな時、
大学2年生の臨床の授業の際に
映像資料で流れた【NHKスペシャル】
私の授業態度を一変します。


タイトルは、
「食べて治す、患者を支える栄養サポートチーム」

 

病院で働く管理栄養士が、
入院患者さんの栄養サポートをするという内容でした。


医師・歯科医師・看護師・薬剤師の多職種とチームで
低栄養状態の方の栄養サポートをすることで
口から食べられない寝たきりの患者さんが
どんどん元気になって、笑顔で退院していく・・。



「か、かっこよすぎる~~✨✨」
と感動しました。

そう、
中学校3年間ろくに部活も勉強もせず
ドラマとドラマの再放送ばかり観ていた私は


コードブルー、Drコトー診療所、海猿
ナースのお仕事、白い巨塔、医龍、振り返れば奴がいる

などなど・・・


医療ドラマにドはまりしており、
心のどこかで医療職への
漠然とした憧れがあったんです。




何よりカッコいいと感じたのは、

管理栄養士が、
医師に自分の意見を提案している姿。


意見が言えない私も、いつかこんな風になれるかな?と思い


「絶対に病院の管理栄養士になるぞーーー!🔥」
決めてから後半の2年間は
授業を寝ないでしっかり聞くようになりました👂👂


ただ、
病院の栄養指導は人気なので
採用枠がとんでもなく狭く、新卒ではなかなか
とってくれないという現実。

「3年くらい厨房で修行してから、転職活動をがんばろう!★」
と思い、新卒で病院の厨房業務に就くことに。

 

病院の厨房での業務は、
土日祝日年末年始関係なく勤務、
早番シフトは前日から泊まり込みで
午前2時半から準備。

2日以上の連休はとれなくて
大量の野菜を切ったり大量のお皿を洗ったりと体力仕事。

また、
上司から目を付けられ、私だけみんなの目の前で怒鳴られる。
病棟に配膳に行けば、看護師さんから当たり強めの対応を受ける。

高齢のパートさんにも
「孫にはこんな仕事、絶対にさせたくない。」
と言われるほどの仕事内容でした。

最初は、
入院食は患者さんの治療や命に直結する、
責任感のある仕事だ!🔥と思って頑張っていたんですが

不定期な勤務と人間関係のストレスから、
嫌なことがあるたびに
ほぼ毎日、ジャンクなご褒美に走るように。

夕食はご褒美にマックのセット、
寝る前のご褒美にジャイアントコーン、
早番上りのご褒美にBAQETのパン食べ放題で発散。



栄養指導できる管理栄養士になるんだ!と決意したものの、
いつの間にか厨房の忙しさに忙殺され、
食事内容から、メンタルも落ち込み気味に。

このしんどい仕事も、私には能力がないししょうがない、
早く結婚して玉の輿に乗りたい。
生まれ変わったら、来世はもっと良い人生がいいなー、と
明日死んでも後悔のないように
貯金せず使い切る刹那的な過ごし方をするようになりました。


ある日、
当時の彼氏に、仕事のことをグチグチと愚痴っていた際、
「でも、その環境を選んでるのは自分だよね。」

と言われて、ハッ!と目を覚めました。

「そういえば、栄養指導ができる管理栄養士を目指していたんだった!」
転職しよう!と一念発起。

 


自宅徒歩圏内、栄養指導未経験者可
という条件での募集に目が止まり
迷わず応募したクリニック。


 

最初は、糖尿病や脂質異常症などの
生活習慣病の方にカロリーや塩分を計算して
食事指導をしていました。

生活習慣病の数値が改善しても、
「花粉症やぜんそくがひどい」「疲れやすい」「更年期症状がつらい」
「風邪をひきやすい」「食後眠気がひどい」

という相談に答えることができず
もどかしさを感じていました。


ある日、研修を受けてくるように言われ
「分子栄養学」に出会います。

ただバランスの良い食事をすればいいわけではなく、
1人1人不足しやすい栄養素が異なっているので
バランスも人によって異なる。


食事や栄養素の摂りかたで体質が変わり、
様々な疾患の予防・改善に活用できる学問である
という事を学びました。

院長から、
「これから分子栄養学を治療に導入したいので、一緒にやりましょう。」
管理栄養士のリーダーを任されました。

今までの人生で
「誰かに期待され、仕事を任せてもらう」という経験が皆無だった私は、
任せてもらえて、とっても嬉しかったのを覚えています。


研修を受けただけでは治療に導入できないので、
すでに分子栄養学を導入している病院へ
休日に足を運び、見学させていただいたり、
医師も多く出席する有料のセミナーに通ったり、
書籍を買いまくり、自腹でたくさんの研修を受け、
日々、努力を怠りませんでした。

(実は当時の彼氏と結婚し、
地方に住むという話が出ていましたが・・
仕事に夢中で引っ越しは考えられず、お別れしました。)


アレルギーや喘息の専門クリニックだったので
花粉症や喘息のある方に
栄養カウンセリングが出来るようになるうちに

・患者さんの咳が良くなって薬の量が減る
・花粉症が良くなる
・風邪を引かなくなる
・倦怠感やPMS、イライラが減って別人のように穏やかになる




様々な変化を目の前で見てきました。

食事を変えるってすごい!!と心の底から実感しました。

そして、

「毎回ともこさんに栄養指導を担当してもらいたい」
「いろいろな病院を受診したけど、薬より栄養で咳が良くなった」
「クリニックとともこさんのおかげで良くなりました」


という患者さんのお声も増えていき、
今までポンコツ無能で、今世には期待できない!
と思っていた私が

人様のお役に立てていること自体が物凄~~くうれしくて、
私にとって栄養指導は天職だ!と思いました(笑)

 

私の15年間悩んだひどい花粉症も気づけば、
食事を変えて半年でよくなりました。

今では花粉警報が出ている日に外に出ても、
まったく花粉を感じないほど改善しています。

それだけでなく、
栄養素の力はメンタルにも影響する事を体感しました。


食事とメンタルの関係を学んでから気づいたのは、
花粉症も、やる気なく、自分はダメダメだ。と思っていたのも
幼少期の環境の影響に加えて
栄養素不足や血糖値が乱れた結果だということ。


安定したメンタル・やる気、アレルギー症状を改善するには
血糖値の安定と、食事や栄養素の摂りかたを変えることが
何よりも重要なんです。


花粉症や咳に関して、

薬での治療は対象療法なので
症状を抑えるだけで根本から良くなっていないですし

物理的に掃除をしたり、マスクでアレルゲンを抑えることも大切ですが
根本的に炎症の起こりづらい身体づくりをしていくことが大切です。

身体の内側から、

不足している栄養素を補うことで、

エネルギーがスムーズに回るようになり、

色んな事が疲れずに集中できる。
粘膜も強くなり、本来の身体の力を発揮する事が出来るんです。


体力がないのは運動不足だから仕方ないと思っていたし、
管理栄養士なので食事のバランスが取れていると思っていました。


管理栄養士でもこんな感じなので、
患者さんはあまりにも多い食の情報に
「何が正解かわからない・・」「何度も食事法で失敗しました」
という方も沢山いらっしゃいます。

栄養指導を通して、
高齢で病気を発症する前の若いうちから
栄養状態を整えておくと全然違うな、ということです。

お子さんが出来ると食事を気を付けよう、と思い始める方が多いですよね。

30~40歳のおとな女性が、お食事を変えて体調が整うことで
お子さんやご家族の健康と笑顔につながる。
食事が変わると、体調が変わり、メンタルが変わり
考え方も人生も変わる!という想いで日々発信しています。

私も管理栄養士をとって10年近く栄養迷子でした。
あなたも一緒に迷子を卒業して
食事から健康で楽しい人生を作っていきましょう!


最後まで読んでいただき
ありがとうございました。