少し遅れてのつぶやき、これは私の記録。
2026年3月17日 火曜日
灰を纏った群青の空が、静かに広がっている。
艶を含んだ冷たい空気が流れていて、今朝はなぜだか胸が少し締めつけられる。
これは寂しさなのだろうか。
今朝の空も、淋しくて切ない色が重なっているようだ。
今日で仕事という役割が終了した。。
退職というわけでもない。
療養でもない。
ただ、出社ができないという理由で、仕事がなくなった。
これから収入のない生活が始まる。
それだけで、こんなにも不安定に感じるものなんだな。
きっと、社会から少し離れたような気持ちになるからかもしれない。
本来なら扶養の身なのだから、
すぐに生活が立ち行かなくなるわけではない。
それでも不安になるのは、夫との関係が不安定なこともあるのだろう。
そして、ふと思う。
出社することには、どんな意味があるのだろう。
しかも、パートという働き方は、能力ではなく「形」で判断されるものなのだろうか。
今まではフルリモートで働いてきた。
それは、コロナという環境だったから…
でも、それって
働き方が変化するためのきっかけなのではなかったのだろうか?
私はこの会社で長年働いてきた。
そのうちの半分以上は、子どもの不安定な状態と向き合いながらの時間だった。
その事は、リモートをする上で、職場の了承を得られたのだと思っていた。
でも、結局は違ったみたいだ。
そして、社会は、不登校やASDの子どもを抱える家族のしんどさを、
あまり理解してくれない。
会社や社会に負担をかけているのは私の方なのだと、
そういう立場であることも分かっている。
だからこそ、
仕事はできる限りその日のうちに返せるように、
自分なりに努力してきたつもりだった。
出社しても、私の席はもうなかった。
いつの間にか人数が増え、
席が足りなくなったのだと聞いた。
気がつけば、私のデスクはなくなっていた。
もちろん、出社を拒んでいたわけではない。
ただ、行った先で席がなく、
パソコン環境も整わず、
指示もないまま雑用だけを当てがわれる。
そのために出社することに、
いつからか意味を見いだせなくなっていた。
だからこそ、
この働き方で続けていくことが、
お互いにとっての折り合いなのだと思っていた。
けれど、それは
私だけがそう思っていただけだったのかもしれない。
コロナの間は許されていた働き方が、
社会が元に戻ると同時に終わってしまった。
そのことが、少し不思議で、
そして少し悔しい。
結局、私の力不足だったのだろうか?
会社へも、役に立てなかったという事なのだろうか?
私のこの数年は、誰の役にも立てていなかったのではないかと
そんなことまで考えてしまう朝だった。
空は、影を含んだモーブ色のまま、静かに広がっていた。
今日の星の起動と私
3月は季節の変わり目。
冬は少しずつ雪解けし、桜が色づき始める今日この頃。
空の動きも、星が魚座から次の星座へと移っていく、そんな時期なのだとか。
偶然なのかな。
私もその流れの中にいるのだろうか。
空のリズムとどこかで重なりながら、
次のスタート地点へ向かっているのかもしれない。
今はまだ、魚座の感情の海を航海中。
それでも、少しずつ新しい場所へ迷わず進めるように、静かにアンテナを張っていけたらと思う。