勝利の女神。
後半ロスタイム。
1-1のスコアでむかえたこの状況にボールを持った背番号10番を中心として9万人を超える観客とスタジアムはただならぬ熱気と興奮に満ち溢れていた。
このPKを決めれば悲願の初優勝はほぼ手中に収める事ができる。
昨シーズンは開幕直前の練習が引き起こした怪我による手術の影響により棒にふってしまった。
その結果ユースから上がってきた高卒ルーキーにその活躍の場を譲る形でシーズンは終了した。
チームとしては降格のピンチ立たされたがギリギリどうにか残留を決めた。
自分の必要性をチームに知らしめるシーズンにはなったがチームが降格しなかった安心感の方が上回っていた。
怪我も順調に回復して今シーズンはやる気に満ちていた。
オフシーズンにはチームメイトをグアム招待して自主トレを開いた。
チームメイトの不満を聞き監督とも話し合いを重ね、選手と監督の潤滑油としてチームに貢献もしてきたつもりだ。
スタジアムの巨大な照明は周りを照らすためだけの物だとばっかり思っていたが、今は体から汗を噴きださせるための太陽の光の様な強いエネルギーを放つ器具でしかない。
キーパーグローブをパンパンと2回合わせ気合を入れているGKは昨シーズンまで同僚だった。
我がチームでは絶対的に払えない位の多額の移籍金を提示され、オーナーも監督も喜んで放出したのだ。
「お前の癖はわかっている。」そんな表情でこちらを見ながら、更に2回「パンパン」と手を合わせた。
「そういえば今日は性スポーツデーだったなぁ…」
試合中の90分間全く気にもとめてなかった事を不意に思い出した。
スポーツと性は似ているという政府の推測でスポーツをしながら性欲を満たそうという試みで今年から制定された物である、それが今日だった。
余計な事を考えている場合ではない。今はPKに集中するのだ。
主審からボールを渡されボールをセットしに向かう。
頼むぜ!勝利の女神よ!
勝利の女神をボールに見立ててキスをする。
その時…
何だ?この胸の高鳴りは…緊張?
いや違う。過去18年間のプロサッカー人生の中でPKなんて山ほど蹴ってきたし、優勝を決める大事な試合のPKだからといってもこれほど胸が苦しくなる事があるだろうか?
このドキドキは体力的なそれではなく、体の内面から滲み出るようなドキドキ…。
そうだ…この感覚は…恋だ!!
小学生の時に初めて味わって以来節目節目に訪れるあのドキドキだ!!
あの子の事を考えるだけで胸が張り裂けそうになるあのドキドキなのだ!!
私は勝利の女神に恋をしているのだ!!
チームを優勝に導くため、女神を口説いてどうにかベッドインするためにも私はこのPKを決めなければならない。
ふとベンチを見ると監督が拳を握りながらこっちを見ている。
ペナルティラインぎりぎりまで下がり助走を取る。
いつものようにキーパーを見ながら進んでいき、重心をどちらに置いているかを見極めながら逆方向に蹴る。
キーパーは左に傾いた。ボールを右に蹴った。
完全に逆をついたボールはネットに吸い込まれ…るはずだった。
ボールは第2のGKゴールポストによって阻まれた。
勝利の女神はホテルを目の前に終電で帰って行ったのだ。
試合終了のホイッスルがスタジアムに鳴り響いた。
おしまい。