真面目な肩肘張った記事が続きますが、イスラエルという国が国だけにご了承くださいね。
ついでに言っちゃうと、この前の日にカメラの絞り設定を変えちゃって、翌日そのまま撮ってしまったので、全体的に白っぽい変な写真になっています。
……ご了承くださいねぇ(汗
さて、この日はエルサレムを離れ、イエスが生まれた地、ベツレヘムへ。
イエスの聖誕地としてももちろん興味があったのですが、実はこの街、今はパレスチナ自治区になっておりまして。
そういった意味でもドキドキして向かいました。
パレスチナ問題よう分からん!って方は、ぐぐってみてください。
ベツレヘムでバスを降り、まずはイエスの聖誕教会へ。

中はクリスマスみたいでカワイイ装飾。

祭壇の中。

床にある星マークの所で、イエスが生まれたとされています。
というか、イエスが生まれたところに教会が建ったんですけどね。
ベツレヘムの路地。

青いドアがステキな小道です。
木工細工の工房を見せてもらいました!

うーんと、このおっちゃん達、パレスチナ自治区に住んでるってことは、アラブ人(パレスチナ人)だよね?
でも、イエスやら十字架やらの細工を作ってるってことは、キリスト教徒なの?
アラブ語を話す人達はアラブ人で、その中でもパレスチナに居住する(していた)人達はパレスチナ人で、でもアラブ人が全員イスラム教徒って訳じゃないから、この人たちはアラブ人でキリスト教徒……なのか……?
うむ!分からん!
次から次へと分からん事が出てくるなぁ。奥が深いぜ、イスラエル。
その後、タクシーの運転手らしき謎のおっちゃんと値段交渉をして、エルサレムとパレスチナ自治区を分断する、分離壁へ。
車の中で話をよく聞くと、おっちゃんは学校の先生らしい。
今日はテストの日だったので学校が二時間で終わり、教師のお給料が低いので、こうやってタクシーのバイトをしてるんだとか。
謎の、とか言っちゃってごめんね、ムハンマド先生。(すごい名前だな)
道中たくさんお話してくれて、すごく勉強になったよ。
分離壁とは、イスラエル政府がパレスチナ人を分離するために作った、長さ440kmにも及ぶコンクリートの壁です。(一部有刺鉄線と電気フェンス)
イスラエル側は、パレスチナ人のテロ防止のためだと説明していますが、その建設は一方的なもので、国連総会でも非難決議がなされています。
壁の内側、パレスチナ側には、メッセージ性の強いグラフィティが数多く描かれています。
爆弾ではなく、花束を投げる男性。

防弾チョッキを着た平和の象徴。狙われてる!

PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト元議長。

自由への扉。

風船で壁の向こうに行けたらいいね。

写真には大きな絵だけを撮りましたが、分離壁には、他にも血を吐くような叫びが沢山書き残されていました。
『争いはもう十分だ』
『なぜこんな壁がなければならないのか』
『リビア・エジプトで革命が起きた。次は我々の番だ』
『壁が崩れたら、結婚しよう』
『パパ、ママ、私は元気です』
もうね、私、こういうのはけっこう平気な性格かと思ってたんですが、ダメでしたね。滂沱の涙です。
それぞれの思いが、願いが、ひどく胸に突き刺さる。
当事者達の感情とは全く無縁のところからやってきた外国人観光客であることが急に申し訳なく思われ、先生に背を向けて一生懸命涙を拭っていました。
ムハンマド先生に連れてきてもらった分離壁はベツレヘムから少し離れています。
またベツレヘムに戻ってバスを捕まえることを億劫に思った私は、
『ねえ、このままエルサレムのホテルまで送ってよ』
ってお願いしてみました。
すると、ムハンマド先生は少し悲しそうな顔をして、
『No,I can't.』
私は自分の迂闊さを呪いました。
先生はパレスチナ自治区の人間です。
イスラエル政府が身元を保証してくれないので、パレスチナ側の住民はエルサレム側に一歩も入ることができないのです。
『私にも移動の自由が欲しい』
先生はぽつりと呟きました。
壁はどこまでも続きます……。

えーとですね、イスラエル側からまた死海に行って、泥まみれになってアホアホ写真など沢山撮ったのですが、考えてみりゃヨルダン側の死海でもアホアホだったので、今回は割愛!
緊張していたイスラエル⇒ヨルダンの国境越えもあっけないほど平穏にクリアできたので、次は一気に飛んで、イギリスからお届けできるかと思います。
ではでは、硬くて真面目な長文記事を、最後まで読んで下さってありがとうございました~!
ついでに言っちゃうと、この前の日にカメラの絞り設定を変えちゃって、翌日そのまま撮ってしまったので、全体的に白っぽい変な写真になっています。
……ご了承くださいねぇ(汗
さて、この日はエルサレムを離れ、イエスが生まれた地、ベツレヘムへ。
イエスの聖誕地としてももちろん興味があったのですが、実はこの街、今はパレスチナ自治区になっておりまして。
そういった意味でもドキドキして向かいました。
パレスチナ問題よう分からん!って方は、ぐぐってみてください。
ベツレヘムでバスを降り、まずはイエスの聖誕教会へ。

中はクリスマスみたいでカワイイ装飾。

祭壇の中。

床にある星マークの所で、イエスが生まれたとされています。
というか、イエスが生まれたところに教会が建ったんですけどね。
ベツレヘムの路地。

青いドアがステキな小道です。
木工細工の工房を見せてもらいました!

うーんと、このおっちゃん達、パレスチナ自治区に住んでるってことは、アラブ人(パレスチナ人)だよね?
でも、イエスやら十字架やらの細工を作ってるってことは、キリスト教徒なの?
アラブ語を話す人達はアラブ人で、その中でもパレスチナに居住する(していた)人達はパレスチナ人で、でもアラブ人が全員イスラム教徒って訳じゃないから、この人たちはアラブ人でキリスト教徒……なのか……?
うむ!分からん!
次から次へと分からん事が出てくるなぁ。奥が深いぜ、イスラエル。
その後、タクシーの運転手らしき謎のおっちゃんと値段交渉をして、エルサレムとパレスチナ自治区を分断する、分離壁へ。
車の中で話をよく聞くと、おっちゃんは学校の先生らしい。
今日はテストの日だったので学校が二時間で終わり、教師のお給料が低いので、こうやってタクシーのバイトをしてるんだとか。
謎の、とか言っちゃってごめんね、ムハンマド先生。(すごい名前だな)
道中たくさんお話してくれて、すごく勉強になったよ。
分離壁とは、イスラエル政府がパレスチナ人を分離するために作った、長さ440kmにも及ぶコンクリートの壁です。(一部有刺鉄線と電気フェンス)
イスラエル側は、パレスチナ人のテロ防止のためだと説明していますが、その建設は一方的なもので、国連総会でも非難決議がなされています。
壁の内側、パレスチナ側には、メッセージ性の強いグラフィティが数多く描かれています。
爆弾ではなく、花束を投げる男性。

防弾チョッキを着た平和の象徴。狙われてる!

PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト元議長。

自由への扉。

風船で壁の向こうに行けたらいいね。

写真には大きな絵だけを撮りましたが、分離壁には、他にも血を吐くような叫びが沢山書き残されていました。
『争いはもう十分だ』
『なぜこんな壁がなければならないのか』
『リビア・エジプトで革命が起きた。次は我々の番だ』
『壁が崩れたら、結婚しよう』
『パパ、ママ、私は元気です』
もうね、私、こういうのはけっこう平気な性格かと思ってたんですが、ダメでしたね。滂沱の涙です。
それぞれの思いが、願いが、ひどく胸に突き刺さる。
当事者達の感情とは全く無縁のところからやってきた外国人観光客であることが急に申し訳なく思われ、先生に背を向けて一生懸命涙を拭っていました。
ムハンマド先生に連れてきてもらった分離壁はベツレヘムから少し離れています。
またベツレヘムに戻ってバスを捕まえることを億劫に思った私は、
『ねえ、このままエルサレムのホテルまで送ってよ』
ってお願いしてみました。
すると、ムハンマド先生は少し悲しそうな顔をして、
『No,I can't.』
私は自分の迂闊さを呪いました。
先生はパレスチナ自治区の人間です。
イスラエル政府が身元を保証してくれないので、パレスチナ側の住民はエルサレム側に一歩も入ることができないのです。
『私にも移動の自由が欲しい』
先生はぽつりと呟きました。
壁はどこまでも続きます……。

えーとですね、イスラエル側からまた死海に行って、泥まみれになってアホアホ写真など沢山撮ったのですが、考えてみりゃヨルダン側の死海でもアホアホだったので、今回は割愛!
緊張していたイスラエル⇒ヨルダンの国境越えもあっけないほど平穏にクリアできたので、次は一気に飛んで、イギリスからお届けできるかと思います。
ではでは、硬くて真面目な長文記事を、最後まで読んで下さってありがとうございました~!