「ソラニン」 | ありちゃんのブログ

「ソラニン」


宮崎あおいさん主演の映画「ソラニン」の試写へ行って来ました。


簡単に言うと、
良くも悪くも宮崎おおいさんの映画でした。


CMの歩くVerの後半、
「ロケットほど~」の時のイってした顔が素敵です。

喜怒哀楽の表情をキュッと変えた時にキュンとします。


ん?何言ってんだか分かりませんか?


怒ってばかりの人、泣いてばかりの人、自分ばかり楽しんでいる人は嫌いですが、
怒れない人や悲しめない人、喜ばしい事を素直に楽しめ無い人はもっと嫌いです。


あ。ちなみに現在日記を書いてる時のBGMが植村花菜さんの「トイレの神様」ですが、
ふんわり泣けます。9分もありますが。


あ。脱線。


映画は素直に良かったです。
ちょこちょこと胸に響く場面があり、
最後に宮崎あおいさんが歌うシーンでも何かほんわり感動。素敵。一緒に寝たい。結婚したい。


あ。昨日たまたま大竹しのぶさんが、
アカペラで歌ってたのを拝見したですが、かなり感動しました。

上手いと言うか深みがある。感情があるんですね。
あれが本来の歌の力だと思います。素敵。一緒に寝・・・ん~どうだろ。


あ。脱線。


僕が宮崎あおいさんに興味が無かったら。

僕が音楽をやっていなかったなら。

単純にこの映画を楽しめたのか?見に行きさえしたのか?っと思う。



そんな問いかけや不安や矛盾を掘り起こす様な作品です。


映画もそうですが、お試しBOOKの出来が良くて、
映画を見終わって「ソラニン」の原作本を抱きかかえてレジに向かってました。


原作。僕好みです。
詞っぽい所がちょこちょこ出てくるからですかね。大それた事は無いですが日常的で。



例えば。


僕が死んで。一体何が残るのだろう。

誰もが一度は考えた事はあるのでは無いだろうか。



僕にすれば曲もそうだし、
音楽活動を基本として、僕が作り出したり関わってきたもの、
パソコンに残った凄まじい量の僕の文章は、一体どうなるのだろう。


誰かが意思を引き継いでくれたり、
まとめて誰かに伝えてくれたりするんだろうか?



現状。そんな事は無い。

そんな事がある様に。

その為に生きたいんじゃ無いか。

だから似ている誰かに触れたいんじゃ無いかって。



例えば誰かがこの歌を聞いて、
僕らのしている事が何の意味の無い事だと思っても。それは正解で。


「あなたになんて私の気持ちなんて分からないわ!」なんて良くあるシュチュエーションも。


だって誰もが「分かったつもり」にしかなれないんだから。仕方が無い。


でもこの「分かったつもり」になれる事が、
実は難しくてとても素晴らしい事なんじゃないかと。


だから僕はみんなを「分かったつもり」でいる。


ただただ、否定はされるのは慣れた。


何にもにもなってない人に、
何にもなってないって言われても気にすんなよ。


自分に言い聞かせる。


でも同じ感覚じゃいけないんだ。きっと。



僕は音楽をやっていなかったなら、
こんな気持ちも君との出会いも無くて。


大切な思い出と気持ちを持って、
もう少し。もう少し。っと先を伸ばす。



多くを望み過ぎたのかな。


その先に幸せを求めすぎたのかな。


そしたら誰も居なくなった。



好きだとか嫌いだとか
会いたいとか会いたく無いとかじゃなくて。

その位置から帰って来てほしく無かったんだ。


たぶん。きっと。そう。たぶん。

今更になって思い出とぶつかる。



あの時こうしていれば。

そもそも出会わなければ。

僕が生まれてきてなかったら。


そんな小さな後悔から大きな岐路を包んだ過去。

「何気ない事」を「何もない事」っとした毎日。

漠然とした夢に制限の分からない時間を注ぐ未来。



「ソラニン」


4月3日(土)から全国の劇場で公開されますので、
まず、映画館(うちの職場と実家にも置いてる)にある、
お試しBOOKを読んでから、ぜひ映画を楽しんで来て下さい!




ここまで書いたら給料もらわねば!(苦笑)